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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 栗林第一踏切

栗林第一踏切で「SL人吉」の撮影です。
那良口駅で撮影したレンズを交換する時間もなく、そのまま撮影です。

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 栗林第一踏切
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国鉄8620形蒸気機関車
8620形は、日本国有鉄道(国鉄)前身である鉄道院が製造した、日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

58654
 1988年(昭和63年)に静態保存から復活してJR九州に所属しており、肥薩線を運行する「SL人吉」に運用される。この機関車は1922年(大正11年)日立製作所製で、九州地方で300万km余りを走った後、1975年(昭和50年)に廃車され、肥薩線矢岳駅前の人吉市SL展示館に展示されていた。1988年(昭和63年)に小倉工場で修復された。ボイラーは新日鐵で新製し、動輪は住友金属で新たに製作するなど、大がかりな修復となり、同年8月28日から豊肥本線の「SLあそBOY」、肥薩線の「SL人吉号」として、アメリカ風に改装された客車と共に運行開始された。
 再登場当時はほぼ原型であったが、1993年(平成5年)頃に客車のイメージにあわせて水戸岡鋭治の監修下に濃緑色に塗装され、カウキャッチャーが取り付けられたこともあった。沿線の山林で列車通過後に火災が起きてからは回転火の粉止めを装備し、体裁を整えるためダイヤモンドスタック型の煙突カバーが常用されるようになった。また、ATSもATS-SK形に換装された。
 しかし、元々古い車両だったために老朽化が進んでおり、台枠の歪みにより機体のバランスが崩れたために車軸などに負担がかかり車軸焼けなどを起こすようになっていた。当初は修復不可能と判断され、2005年8月28日をもって列車の運転が休止された。それに伴い機関車も一旦静態保存されることとなったが、JR九州としては動態保存の可能性を模索し、除籍を行わなかった。その後の調査により奇跡的にも日立製作所に製造時の図面が残されていると判明したことや、九州新幹線の延伸開業などもあり観光資源として有効活用できるとの判断から、台枠を日本車両で新製、ボイラをサッパボイラで修繕するなど約4億円の費用(客車等の修復も含む)をかけ2007年2月21日よりJR九州小倉工場にて修復を実施し、2009年4月25日より熊本駅 - 人吉駅間で運行が開始された。列車名は運転休止前に同区間を運行していた際の名称から「号」を省いた「SL人吉」とされた。



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  1. 2017/10/09(月) 12:01:58|
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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 那良口駅

いつもの、那良口駅です。
前回のリベンジで、スローシャッターで撮影を・・・
1/25で撮影です。
早いです。

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 那良口駅
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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 那良口駅
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スローシャッターは難しい・・・

国鉄8620形蒸気機関車
8620形は、日本国有鉄道(国鉄)前身である鉄道院が製造した、日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

58654
 1988年(昭和63年)に静態保存から復活してJR九州に所属しており、肥薩線を運行する「SL人吉」に運用される。この機関車は1922年(大正11年)日立製作所製で、九州地方で300万km余りを走った後、1975年(昭和50年)に廃車され、肥薩線矢岳駅前の人吉市SL展示館に展示されていた。1988年(昭和63年)に小倉工場で修復された。ボイラーは新日鐵で新製し、動輪は住友金属で新たに製作するなど、大がかりな修復となり、同年8月28日から豊肥本線の「SLあそBOY」、肥薩線の「SL人吉号」として、アメリカ風に改装された客車と共に運行開始された。
 再登場当時はほぼ原型であったが、1993年(平成5年)頃に客車のイメージにあわせて水戸岡鋭治の監修下に濃緑色に塗装され、カウキャッチャーが取り付けられたこともあった。沿線の山林で列車通過後に火災が起きてからは回転火の粉止めを装備し、体裁を整えるためダイヤモンドスタック型の煙突カバーが常用されるようになった。また、ATSもATS-SK形に換装された。
 しかし、元々古い車両だったために老朽化が進んでおり、台枠の歪みにより機体のバランスが崩れたために車軸などに負担がかかり車軸焼けなどを起こすようになっていた。当初は修復不可能と判断され、2005年8月28日をもって列車の運転が休止された。それに伴い機関車も一旦静態保存されることとなったが、JR九州としては動態保存の可能性を模索し、除籍を行わなかった。その後の調査により奇跡的にも日立製作所に製造時の図面が残されていると判明したことや、九州新幹線の延伸開業などもあり観光資源として有効活用できるとの判断から、台枠を日本車両で新製、ボイラをサッパボイラで修繕するなど約4億円の費用(客車等の修復も含む)をかけ2007年2月21日よりJR九州小倉工場にて修復を実施し、2009年4月25日より熊本駅 - 人吉駅間で運行が開始された。列車名は運転休止前に同区間を運行していた際の名称から「号」を省いた「SL人吉」とされた。



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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 一勝地踏切

八代駅から、「SL人吉」を追いかけます。
追いつけるかな~

瀬戸石ダム湖で、「SL人吉」が見えてきました。
白石駅の撮影ポイントには、車が4台停まっています。
ここはスルーして、次の撮影ポイントを探します。

ここの撮影ポイントはパス、ここもパスと 一勝地駅近くまでやってきてしまいました・・・
一勝地踏切で撮影です。
コスモスが咲いていれば・・・

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 一勝地踏切
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国鉄8620形蒸気機関車
8620形は、日本国有鉄道(国鉄)前身である鉄道院が製造した、日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 八代駅

「SL人吉」と「特急 かわせみ やませみ」が一緒に撮影できると、八代駅にやって来ました。

「SL人吉」が八代駅にやって来ました。
3番ホームへ到着です。

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 八代駅
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10時36分出発です。

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 八代駅
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「SL人吉」と「特急 かわせみ やませみ」を一緒に撮影出来たのですが、人が写っているのでボツです。


国鉄8620形蒸気機関車
8620形は、日本国有鉄道(国鉄)前身である鉄道院が製造した、日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 城山トンネル西

那良口駅から「SL人吉」を追いかけます。
渡駅に停車するので、 城山トンネル西で「SL人吉」を待ちます。
余裕はほとんどありません。 12時1分

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 城山トンネル西
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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 城山トンネル西
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国鉄8620形蒸気機関車
8620形は、日本国有鉄道(国鉄)前身である鉄道院が製造した、日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

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 1988年(昭和63年)に静態保存から復活してJR九州に所属しており、肥薩線を運行する「SL人吉」に運用される。この機関車は1922年(大正11年)日立製作所製で、九州地方で300万km余りを走った後、1975年(昭和50年)に廃車され、肥薩線矢岳駅前の人吉市SL展示館に展示されていた。1988年(昭和63年)に小倉工場で修復された。ボイラーは新日鐵で新製し、動輪は住友金属で新たに製作するなど、大がかりな修復となり、同年8月28日から豊肥本線の「SLあそBOY」、肥薩線の「SL人吉号」として、アメリカ風に改装された客車と共に運行開始された。
 再登場当時はほぼ原型であったが、1993年(平成5年)頃に客車のイメージにあわせて水戸岡鋭治の監修下に濃緑色に塗装され、カウキャッチャーが取り付けられたこともあった。沿線の山林で列車通過後に火災が起きてからは回転火の粉止めを装備し、体裁を整えるためダイヤモンドスタック型の煙突カバーが常用されるようになった。また、ATSもATS-SK形に換装された。
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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 那良口駅

いつもの那良口駅です。
誰もいません。
一勝地駅で停車するので、時間に余裕があります。
踏切の警報機が鳴り始めました。 11時52分

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 那良口駅
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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 那良口駅
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流し撮りをしたかったのですが、シャッタースピードが速かった・・・
1/20かな?

国鉄8620形蒸気機関車
8620形は、日本国有鉄道(国鉄)前身である鉄道院が製造した、日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

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 1988年(昭和63年)に静態保存から復活してJR九州に所属しており、肥薩線を運行する「SL人吉」に運用される。この機関車は1922年(大正11年)日立製作所製で、九州地方で300万km余りを走った後、1975年(昭和50年)に廃車され、肥薩線矢岳駅前の人吉市SL展示館に展示されていた。1988年(昭和63年)に小倉工場で修復された。ボイラーは新日鐵で新製し、動輪は住友金属で新たに製作するなど、大がかりな修復となり、同年8月28日から豊肥本線の「SLあそBOY」、肥薩線の「SL人吉号」として、アメリカ風に改装された客車と共に運行開始された。
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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 天月川橋りょう

白石駅側の撮影ポイントには、数人のカメラマンがいたので、今日はスルーして「天月川橋りょう」で撮影です。

遠くで汽笛が聞こえてきました。
カメラを構えていないと、サッと通り過ぎていきます。 11時27分

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 天月川橋りょう
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国鉄8620形蒸気機関車
8620形は、日本国有鉄道(国鉄)前身である鉄道院が製造した、日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

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 1988年(昭和63年)に静態保存から復活してJR九州に所属しており、肥薩線を運行する「SL人吉」に運用される。この機関車は1922年(大正11年)日立製作所製で、九州地方で300万km余りを走った後、1975年(昭和50年)に廃車され、肥薩線矢岳駅前の人吉市SL展示館に展示されていた。1988年(昭和63年)に小倉工場で修復された。ボイラーは新日鐵で新製し、動輪は住友金属で新たに製作するなど、大がかりな修復となり、同年8月28日から豊肥本線の「SLあそBOY」、肥薩線の「SL人吉号」として、アメリカ風に改装された客車と共に運行開始された。
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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 瀬戸石ダム湖

いつもの海路駅側の撮影場所は、工事のために撮影出来ません。
瀬戸石ダム側で撮影です。 11時8分

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 瀬戸石ダム湖
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手持ちで撮影・・・ピントが・・・
道路拡張工事を行っており、今まであった駐車スペースが無くなっています。

国鉄8620形蒸気機関車
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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 坂本町古田

坂本町古田で「SL人吉」を待ちます。
先ほど撮影した「特急 かわせみ やませみ 2号」は、音無しでやって来たので慌ててしまいましたが、「SL人吉」は汽笛を鳴らしてくれるのでありがたいですね。

で、汽笛が聞こえてきました。
10時40分
「SL人吉」がやって来ました。

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 坂本町古田
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国鉄8620形蒸気機関車
8620形は、日本国有鉄道(国鉄)前身である鉄道院が製造した、日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

58654
 1988年(昭和63年)に静態保存から復活してJR九州に所属しており、肥薩線を運行する「SL人吉」に運用される。この機関車は1922年(大正11年)日立製作所製で、九州地方で300万km余りを走った後、1975年(昭和50年)に廃車され、肥薩線矢岳駅前の人吉市SL展示館に展示されていた。1988年(昭和63年)に小倉工場で修復された。ボイラーは新日鐵で新製し、動輪は住友金属で新たに製作するなど、大がかりな修復となり、同年8月28日から豊肥本線の「SLあそBOY」、肥薩線の「SL人吉号」として、アメリカ風に改装された客車と共に運行開始された。
 再登場当時はほぼ原型であったが、1993年(平成5年)頃に客車のイメージにあわせて水戸岡鋭治の監修下に濃緑色に塗装され、カウキャッチャーが取り付けられたこともあった。沿線の山林で列車通過後に火災が起きてからは回転火の粉止めを装備し、体裁を整えるためダイヤモンドスタック型の煙突カバーが常用されるようになった。また、ATSもATS-SK形に換装された。
 しかし、元々古い車両だったために老朽化が進んでおり、台枠の歪みにより機体のバランスが崩れたために車軸などに負担がかかり車軸焼けなどを起こすようになっていた。当初は修復不可能と判断され、2005年8月28日をもって列車の運転が休止された。それに伴い機関車も一旦静態保存されることとなったが、JR九州としては動態保存の可能性を模索し、除籍を行わなかった。その後の調査により奇跡的にも日立製作所に製造時の図面が残されていると判明したことや、九州新幹線の延伸開業などもあり観光資源として有効活用できるとの判断から、台枠を日本車両で新製、ボイラをサッパボイラで修繕するなど約4億円の費用(客車等の修復も含む)をかけ2007年2月21日よりJR九州小倉工場にて修復を実施し、2009年4月25日より熊本駅 - 人吉駅間で運行が開始された。列車名は運転休止前に同区間を運行していた際の名称から「号」を省いた「SL人吉」とされた。



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  1. 2017/10/01(日) 10:40:42|
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肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 万江川橋りょう

「天月川橋りょう」の撮影後、県道304号線、県道15号線を走り人吉方面へ。
いつもなら、那良口駅で撮影するのですが、国道219号線から見える「万江川橋りょう」を撮影です。

ここは、踏切の警報機の音が聞こえてくるので、「SL人吉」がやって来るのが分かります。

12時4分、「SL人吉」がやって来ました。

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 万江川橋りょう
hiroの部屋 肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 万江川橋りょう


国鉄8620形蒸気機関車
8620形は、日本国有鉄道(国鉄)前身である鉄道院が製造した、日本で初めて本格的に量産された国産旅客列車牽引用テンダー式蒸気機関車。「ハチロク」と愛称され、国鉄蒸気機関車の末期まで全国で使用された。

58654
 1988年(昭和63年)に静態保存から復活してJR九州に所属しており、肥薩線を運行する「SL人吉」に運用される。この機関車は1922年(大正11年)日立製作所製で、九州地方で300万km余りを走った後、1975年(昭和50年)に廃車され、肥薩線矢岳駅前の人吉市SL展示館に展示されていた。1988年(昭和63年)に小倉工場で修復された。ボイラーは新日鐵で新製し、動輪は住友金属で新たに製作するなど、大がかりな修復となり、同年8月28日から豊肥本線の「SLあそBOY」、肥薩線の「SL人吉号」として、アメリカ風に改装された客車と共に運行開始された。
 再登場当時はほぼ原型であったが、1993年(平成5年)頃に客車のイメージにあわせて水戸岡鋭治の監修下に濃緑色に塗装され、カウキャッチャーが取り付けられたこともあった。沿線の山林で列車通過後に火災が起きてからは回転火の粉止めを装備し、体裁を整えるためダイヤモンドスタック型の煙突カバーが常用されるようになった。また、ATSもATS-SK形に換装された。
 しかし、元々古い車両だったために老朽化が進んでおり、台枠の歪みにより機体のバランスが崩れたために車軸などに負担がかかり車軸焼けなどを起こすようになっていた。当初は修復不可能と判断され、2005年8月28日をもって列車の運転が休止された。それに伴い機関車も一旦静態保存されることとなったが、JR九州としては動態保存の可能性を模索し、除籍を行わなかった。その後の調査により奇跡的にも日立製作所に製造時の図面が残されていると判明したことや、九州新幹線の延伸開業などもあり観光資源として有効活用できるとの判断から、台枠を日本車両で新製、ボイラをサッパボイラで修繕するなど約4億円の費用(客車等の修復も含む)をかけ2007年2月21日よりJR九州小倉工場にて修復を実施し、2009年4月25日より熊本駅 - 人吉駅間で運行が開始された。列車名は運転休止前に同区間を運行していた際の名称から「号」を省いた「SL人吉」とされた。



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