★hiroの部屋★

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ムシロ瀬 鹿児島県徳之島与名間

美しい夕日が見られる景勝地として知られるムシロ瀬です。

ムシロ瀬 鹿児島県徳之島与名間
hiroの部屋 ムシロ瀬 鹿児島県徳之島与名間

平坦でなめらかな岩盤が、むしろを敷き詰めたように広がっているためこの名がついたそうです。
隆起サンゴ礁でできた地形が多い奄美諸島には珍しく、ここは花崗岩でできた地形です。

ムシロ瀬 鹿児島県徳之島与名間
hiroの部屋 ムシロ瀬 鹿児島県徳之島与名間

北風がまともに吹きつけるので、冬場は特に豪快なしぶきが上がります。
外海に面しているため、釣り好きにとっては回遊魚の釣り場としても定着しているそうです。
この岩、亀に似ていますね。

ムシロ瀬 鹿児島県徳之島与名間
hiroの部屋 ムシロ瀬 鹿児島県徳之島与名間

こちらは、白いアザミが多いですね。
紫色は、少ししか見ませんでした。

ムシロ瀬 鹿児島県徳之島与名間
hiroの部屋 ムシロ瀬 鹿児島県徳之島与名間


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  1. 2016/04/23(土) 10:19:07|
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ソテツトンネル 鹿児島県徳之島金見

徳之島の北東端の金見崎にあるソテツの群生です。

ソテツトンネル 鹿児島県徳之島金見
hiroの部屋 ソテツトンネル 鹿児島県徳之島金見

畑の境界線の目印として昔、島の人たちが植えたソテツが、約200mにわたり自然のトンネルを作っています。

ソテツトンネル 鹿児島県徳之島金見
hiroの部屋 ソテツトンネル 鹿児島県徳之島金見

今や樹齢400年といわれる古木群が、名前どおり昼なお暗いトンネルを形成しています。

ソテツトンネル 鹿児島県徳之島金見
hiroの部屋 ソテツトンネル 鹿児島県徳之島金見

トンネルを抜けた先には金見崎展望台があります。
金見崎展望台は雄大な東シナ海と太平洋を望む絶景の地です。

ソテツトンネル 鹿児島県徳之島金見
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  1. 2016/04/23(土) 09:37:50|
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戦艦大和慰霊塔 鹿児島県徳之島犬田布岬

鹿児島県徳之島犬田布岬に「戦艦大和慰霊塔」があります。
新しく展望台が出来ていました。

戦艦大和慰霊塔 鹿児島県徳之島犬田布岬
hiroの部屋 戦艦大和慰霊塔 鹿児島県徳之島犬田布岬

犬田布岬は徳之島の南西部に位置し、東シナ海に向かって三角状に突き出ている岬です。

戦艦大和慰霊塔 鹿児島県徳之島犬田布岬
hiroの部屋 戦艦大和慰霊塔 鹿児島県徳之島犬田布岬

琉球石灰岩の海食崖が雄々しい景観をみせ、北を望めば妊婦が寝ている姿に似た寝姿山が見えます。

歩道が整備され、歩きやすくなっています。

戦艦大和慰霊塔 鹿児島県徳之島犬田布岬
hiroの部屋 戦艦大和慰霊塔 鹿児島県徳之島犬田布岬

高麗芝のスロープ地帯には、昭和20年(1945年)4月に撃沈された戦艦大和を旗艦とする特攻艦隊戦没将士の慰霊塔が建立されています。

戦艦大和慰霊塔 鹿児島県徳之島犬田布岬
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  1. 2016/04/22(金) 11:14:16|
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鹿児島県指定天然記念物 噴火により埋没した鳥居 鹿児島市黒神町

垂水市‎牛根麓黒神口の国道220号線から県道26号線に入り、しばらく走ると「噴火により埋没した鳥居」があります。

鹿児島県指定天然記念物 噴火により埋没した鳥居 鹿児島市黒神町
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埋没鳥居 猛威を語りつぐ鳥居
BURIED SHRINE GATE SPEAKS OF THE FURY OF THE ERUPTION
-大正3年桜島大噴火で3mの鳥居が埋没-
 大正大噴火の前兆は、すでに3日前から始まっていました。
 島内のいたるところで井戸が沸騰し、海岸には大量の死魚が浮き、地震が断続的に起きていたのです。

鹿児島県指定天然記念物 噴火により埋没した鳥居 鹿児島市黒神町
hiroの部屋 鹿児島県指定天然記念物 噴火により埋没した鳥居 鹿児島市黒神町

 安永噴火の言い伝えから、大爆発の「前触れ」と感じた人も多く、村は騒然とした雰囲気に包まれました。
 1914年(大正3年)1月12日、午前10時5分、まず、西桜島赤水上が黒煙を突き上げ、10分後には東桜島黒神の鍋山が大音響とともに爆発。
 黒煙は上空7,000mに達し、全島を被いつくしました。

鹿児島県指定天然記念物 噴火により埋没した鳥居 鹿児島市黒神町
hiroの部屋 鹿児島県指定天然記念物 噴火により埋没した鳥居 鹿児島市黒神町

 間断なく轟く爆発音と火山雷、降り注ぐ噴石の雨、更に翌13日には溶岩の流出が始まり、30億トンの火の波が瀬戸海峡を横断、桜島と大隈半島を陸続きにしてしまったのです。
 ここ黒神でも全戸687戸が火山灰に埋没しました。

鹿児島県指定天然記念物 噴火により埋没した鳥居 鹿児島市黒神町
hiroの部屋 鹿児島県指定天然記念物 噴火により埋没した鳥居 鹿児島市黒神町

 高さ3mの腹五社神社の鳥居は、笠木だけ残して辛うじて見えていましたが、時の村長、野添八百蔵は、爆発の猛威を後世に伝えるため発掘の中止を指示。
 そのままの形をとどめることになりました。
 現在この鳥居は県の文化財に指定されています。

鹿児島県指定天然記念物 噴火により埋没した鳥居 鹿児島市黒神町
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  1. 2014/03/16(日) 13:10:49|
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赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町

桜島オールナイトコンサート記念モニュメント「叫びの肖像」Portrait of a Shout
高さ:3.4m 総重量:38.2t
 平成16年8月21日「長淵剛桜島オールナイトコンサート」が開催され、人工約6千人の桜島に、全国から7万5千人もの人々が集まり、この採石場跡地を埋め尽くしました。

赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町
hiroの部屋 赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町

 コンサートは、7万5千人の熱気とともに夜を通して行われ、桜島から上る朝日とともにフィナーレを迎えました。

赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町
hiroの部屋 赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町

 この時の感動を残そうと、平成17年春モニュメントの建立委員会が設立され、ファンをはじめ、趣旨に賛同した多くの企業・団体の協力を得てモニュメントが完成し、平成18年3月19日、長淵氏、製作者の大成氏出席のもと、1万5千人もの観客を集めて、除幕式が行われました。

赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町
hiroの部屋 赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町

 完成したモニュメントは、「叫びの肖像」と名づけられ、この地の象徴的な存在となっています。

赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町
hiroの部屋 赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町

 モニュメントに使われた溶岩は、桜島島内にあった総量約50tのもので、彫刻家大成浩氏の手で「叫びの肖像」へと生まれ変わりました。

赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町
hiroの部屋 赤水展望広場「叫びの肖像」 鹿児島市桜島赤水町

 この「叫びの肖像」には「この地に集結し、共振した熱き脈動が、桜島に新たな大噴火口を隆起させた」というイメージが、表現されています。


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  1. 2014/03/16(日) 12:27:57|
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塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町

国道223号線沿いにある、坂本龍馬とお龍が新婚旅行で訪れたことで有名な塩浸温泉へやって来ました。

塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町
hiroの部屋 塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町

駐車場は、国道223号線の路肩?が駐車場になっています。

坂本龍馬お龍新婚湯治碑

塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町
hiroの部屋 塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町

龍の背坂を登って行くと駐車場に出ます。
この坂、とても急です。

塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町
hiroの部屋 塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町

こちらの坂はもっと急です。
苔も生えているし、手すりもありません。
上から下をのぞくと・・・

塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町
hiroの部屋 塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町

坂本龍馬・お龍の縁結びの湯」と呼ばれる無料の足湯があります。

塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町
hiroの部屋 塩浸温泉龍馬公園 霧島市牧園町

ちょっと、温いかな?


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  1. 2013/12/22(日) 14:32:52|
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南さつま海道八景光の祭典 光の塔「飛翔」 南さつま市坊津町

南さつま市坊津町で行われている「南さつま海道八景光の祭典 光の塔(飛翔)」を撮影です。
横浜赤レンガ倉庫に建てられたこともある光の塔「飛翔」

南さつま海道八景光の祭典 光の塔「飛翔」 南さつま市坊津町
hiroの部屋 南さつま海道八景光の祭典 光の塔「飛翔」 南さつま市坊津町

ブルーは綺麗ですね。

南さつま海道八景光の祭典 光の塔「飛翔」 南さつま市坊津町
hiroの部屋 南さつま海道八景光の祭典 光の塔「飛翔」 南さつま市坊津町

何故、こんな形なのか分かりません・・・

南さつま海道八景光の祭典 光の塔「飛翔」 南さつま市坊津町
hiroの部屋 南さつま海道八景光の祭典 光の塔「飛翔」 南さつま市坊津町

寂しいかな、他に見に来ている人はいませんでした。


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  1. 2013/12/21(土) 17:47:47|
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南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町

「南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館」のパンフを見て、南さつま市坊津町にある「鑑真記念館」へやって来ました。
秋目浦を見渡すようにたっている鑑真記念館は、日本文化に大感化をなした唐の高僧鑑真大和上の坊津上陸を記念して建てられました。
鑑真の偉大な功績と事業、その生涯をパネルやジオラマ(一部故障)で詳しく知ることが出来ます。

撮影禁止になっていますが、撮影の了解をいただき、照明も消して頂き、「鑑真坐像」を撮影する事が出来ました。
有難うございます。

南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町
hiroの部屋 南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町

ライトアップまで時間かあるので、すぐ側にある「007は二度死ぬ YOU ONLY LIVE TWICE」の記念碑を撮影へ。
秋目浦は日英合作映画“007”のロケ地になったそうです。

007は二度死ぬ YOU ONLY LIVE TWICE
hiroの部屋 007は二度死ぬ YOU ONLY LIVE TWICE

遠くに夕日を見る事が出来ましたが、日の入りは見れませんでした・・・

南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町
hiroの部屋 南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町

回りがようやく暗くなり、ライトアップされました。

南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町
hiroの部屋 南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町

次々と色が変わって行きます。

南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町
hiroの部屋 南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町

LEDによるライトアップです。

南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町
hiroの部屋 南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町

冷たい雨が降って来ました。

南さつま海道八景光の祭典 鑑真記念館 南さつま市坊津町
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  1. 2013/12/21(土) 17:33:03|
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大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

今年の3月30日(土)に入来麓武家屋敷群に行ったのですが、翌日が「旧増田家住宅」の一般公開で、いつかは見に行こうと思っていたのですが、今日になりました。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

母屋
 薩摩藩の武家屋敷は、「おもて」と「なかえ」から構成されています。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

 手前が「なかえ」、奥が「おもて」です。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

 こちらは、裏側です。
 手前が「なかえ」、奥が「おもて」になります。
 屋根の向きが異なっています。 

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

 「おもて」は、接客空間として使用され、玄関・つぎのま、ざしき、うちざなどと呼ばれる部屋に加え、寝室に使われるなんどで構成されれいます。
 左上に見える竹の束が、棟と棟の間(樋の間)に造られた雨どいです。
 手前の部屋が「うちざ」、奥の部屋が「なんど」です。
 右手には「つぎのま(小さな囲炉裏があります)」「ざしき(診療を行なった所)」の部屋があります。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

 「なかえ」は、食堂兼居間として使う部屋と調理などをする土間から構成されています。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

 「おもて」と「なかえ」では、外部の相違として、床と棟が「おもて」の方が必ず高くなっています。
 これは、武家社会における接客空間として主人が使用する建物として格式を重んじたことが背景にあると考えられます。
 内部の相違として、「おもて」は天井を張り、トコやタナ等の座敷構えがあり、長押や釘隠し等の装飾が施される一方で、「なかえ」は、天井は張りません。
 「なかえ」の天井です。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

 これらの二つの棟からなる建物は、別棟型民家と呼ばれており、おもてとなかえのずれた場所に玄関が設けられています。

 二つの棟の間(樋の間)に、竹で雨どいが作られています。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

 右奥に見える竹の束が、棟と棟の間(樋の間)に造られた雨どいです。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

 旧増田家住宅においては、基本的には同じ様式によって建築されていますが、玄関の位置が異なっており、敷地入口から異なっており、敷地入口から最短となるおもての縁側を切った場所に設けています。
 「おもて」と「なかえ」がずれることなく、かつ、「なかえ」が「おもて」からはみ出ない例は、他の麓を見てもありません。

 お風呂と便所は外に造られています。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

 お風呂場の窓から見えるのは石蔵です。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

石蔵には、武家屋敷群の歴史などが学べる3種類のビデオ(各5分)見ることが出来ます。

大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市
hiroの部屋 大正の姿を復元 入来麓武家屋敷群「旧増田家住宅」 薩摩川内市

旧増田家住宅の概要
 旧増田家住宅の創建年代は明らかではありませんが、延命院跡地として伝えられています。
 敷地は、清色城跡の土居と接しており、中世的な地割りに属しています。
 また、他の武家住宅とは異なり、街路に面していないことなどからも寺院跡地であったと考えられます。
 敷地入口にある明治6年の石敢当から、母屋はその頃の建築と考えられ、おもてとなかえの当初の部材には和釘が残されています。
 なかえの構造材には、明らかに転用材と思われる部材が残っており、風食等の程度から考慮すると延命院の建造物の一部を転用していっる可能性も考えられます。
 昭和5年発行の「入來村史」に所収されている古写真「清色城址」に、増田家住居が写っており、なかえの棟と石蔵を確認することが出来ます。
 大正12年に入来町で大火があったことをきっかけとして、茅葺屋根から瓦葺屋根に葺替えられていったと口承されており、前述の古写真にも、茅葺屋根と瓦葺屋根の建物が混在していることなどから、大正末期ころの写真と推定されます。
 増田家は、代々医者を営んでおり、昭和21年ごろまで、この地でも眼科医として診療を行っていました。
 石蔵に保存されていた増田眼科医院の看板は、代々使用されてきたものと考えられます。

石敢當(いしがんどう、いしがんとう、せっかんとう)
石敢當などの文字が刻まれた魔よけの石碑や石標。石敢当、泰山石敢當、石敢東、石散當、石散堂、石厳當と書かれたものもある。
中国で発祥したもので、日本では主に沖縄県や鹿児島県で見かける。

伝統的建造物群保存地区保存修理事業 旧増田家住宅保存修理工事概要
修理方針
 母  屋(おもて・なかえ・樋の間)半解体修理
 石  蔵        屋根葺替及び部分修理
 浴室便所        屋根葺替及び部分修理
 洗い場         解体修理
 物置小屋        解体撤去
工事期間
 保存修理工事 平成22年9月22日~平成24年12月10日
保存修理事業費 158,550,000円
工事関係者
 事業者 薩摩川内市 岩切秀雄
 設計監理 株式会社文化財保存計画協会 代表取締役 矢野和之
  工事監督(主任技術者)事業本部長 細川道夫
 施工請負 松井建設株式会社九州支店 盆子原和利
  現場代理人 森永純廣
  協力業者(主要工事)
   木工事    株式会社島崎工務店・有限会社長坂建設
   屋根茅葺工事 株式会社町田屋根
   屋根瓦葺工事 日置瓦工業協同組合
   左官工事   フナモリ左官工業所
   建具工事   合資会社竹下建具製作所
   畳工事    有限会社山下製畳
   電気工事   有限会社是枝商会
   設備工事   平野商事株式会社


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  1. 2013/05/26(日) 16:24:13|
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雨の藺牟田池県立自然公園 鹿児島県薩摩川内市

今日は、藺牟田池でウォーキング大会です。
10時スタートですが、雨が降っています。
スタート地点の「湖畔リゾートホテルいむた」に集合です。
ストレッチの後小雨の降る中、藺牟田池の周囲約4kmのウォーキング大会のスタートです。

藺牟田池(いむたいけ)は、直径約1キロメートルの火山湖です。
浮島が見えます。
浮島は、泥炭の堆積物で形成されています。
1921年(大正10年)に「藺牟田池の泥炭形成植物群落」として、国の天然記念物に指定されています。

雨の藺牟田池県立自然公園 鹿児島県薩摩川内市
hiroの部屋 雨の藺牟田池県立自然公園 鹿児島県薩摩川内市

平成17年11月8日,藺牟田池がラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)に登録されています。
藺牟田池の西側にある湿原は、絶滅が心配されるベッコウトンボをはじめ、たくさんのトンボの産卵や羽化の場として、とても貴重な場所となっています。
私は見ることが出来ませんでしたが、一緒に回った方はベッコウトンボを見たそうです。

雨の藺牟田池県立自然公園 鹿児島県薩摩川内市
hiroの部屋 雨の藺牟田池県立自然公園 鹿児島県薩摩川内市

パワースポットの「竜石(たついし)」が見えます。
藺牟田池は、舟見岳(標高498.8m)、山王岳(491m)、片城山(508.8m)、遠見ヶ城(477m)、飯盛山(432m、藺牟田富士とも呼ばれる)などの山々に囲まれています。

雨の藺牟田池県立自然公園 鹿児島県薩摩川内市
hiroの部屋 雨の藺牟田池県立自然公園 鹿児島県薩摩川内市

イグサ(藺草)が見えます。
湖畔に「膳取石(または(銭取石)」があります。
籠石は、昔、藺牟田池nお中にいた龍神の化身といい、この膳取石は膳を備えた龍神祭祀の場所と思われ古代人が自然を神と崇めて敬拝した名残の一部と考えられます。

雨の藺牟田池県立自然公園 鹿児島県薩摩川内市
hiroの部屋 雨の藺牟田池県立自然公園 鹿児島県薩摩川内市

また銭取石は、約50年前まで集落民が、藺牟田池に自生しているイグサ(藺草)を、ホラ貝の合図で一斉に収穫(藺取り)し賃金を得ていた頃、この場所で、収穫代金を支払っていた。その時の名残から銭取石と呼ばれています。

1時間40分のウォーキングでした。
最後にストレッチをして解散です。
雨の中、お疲れ様でした。

2013/05/24 ブログアクセス800,000件を超えました。
ご覧頂きありがとうございますm(_ _)m



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  1. 2013/05/19(日) 12:15:34|
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