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新宮寺六観音 相良33観音第32番札所 熊本県球磨郡錦町

 相良三十三観音めぐりの32番札所になります。
 新宮寺に所縁のある新宮家の家譜によると、新宮寺の開山は応永3年(1405)で、天正4年(1576)年の火災の際、全焼した本堂の灰の中から金色の尊像が発見され、当時の領主・相良義陽(さがらよしひ)が、この尊像を祀るために6体の観音を祀ったのが由来といわれています。

新宮寺六観音 相良33観音第32番札所 熊本県球磨郡錦町
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 6観音とは、聖、准胝(じゅんてい)、馬頭、千手、十一面、如意輪観音で、天正5年(1577)から54年かけて造られたものといわれています。

新宮寺六観音 相良33観音第32番札所 熊本県球磨郡錦町
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新宮寺六観音 相良33観音第32番札所 熊本県球磨郡錦町
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新宮寺六観音 相良33観音第32番札所 熊本県球磨郡錦町
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新宮寺六観音 相良33観音第32番札所 熊本県球磨郡錦町
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新宮寺六観音 相良33観音第32番札所 熊本県球磨郡錦町
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新宮寺六観音 相良33観音第32番札所 熊本県球磨郡錦町
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 秋には、樹齢数百年の銀杏やもみじの紅葉がすばらしい景観を見せてくれます。


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  1. 2016/11/03(木) 12:40:38|
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迫観音堂天井板絵 八代郡氷川町大野

大野窟古墳の隣に、迫観音堂があります。

迫観音堂天井板絵 八代郡氷川町大野
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天井に、鮮やかな花の絵が飾られています。

迫観音堂天井板絵 八代郡氷川町大野
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天井板絵説明
迫区長上田素一様より、観音堂の天井絵作成を依頼されましたので自信はありませんが、子供の頃この堂さんで遊ばせてもらいましたのでお役にたつのであればと恥を顧みずお引受けいたしました。作風は「写真的」にして、画く花は私に一任されましたので、次の事に配慮し作成いたしました。
(一)先に本山薬師堂の天井絵を画いておりますので、追区の独自性をだすため同じ花を重複しない。
(二)お観音様への祈願文「観音様、大野迫の村人が元気で幸せに暮らして行くようにお護りください」を作成し、その頭文字とする「花」を画くこととしました。
以上の様式で画かせて貰いましたので、見やすいようにお願いいたします。
平成八年七月吉日

迫観音堂天井板絵 八代郡氷川町大野
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  1. 2016/05/22(日) 15:01:24|
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熊本の神社 松井神社 八代市北の丸町

 熊本県八代市北の丸町に鎮座する松井神社(まついじんじゃ)です。

熊本の神社 松井神社 八代市北の丸町
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 1881年(明治14年)、松井氏の旧家臣団をはじめ、ゆかりのある人々により創建されました。

熊本の神社 松井神社 八代市北の丸町
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 祭神は、肥後細川氏筆頭家老であった松井家初代松井康之(やすゆき)、2代興長(おきなが)です。

熊本の神社 松井神社 八代市北の丸町
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 境内地は、1622年(元和8年)に加藤正方が母である妙慶禅尼の隠居所を建てたところで、加藤家改易後は細川忠興(三斎)の住居地となり、松井興長が八代城主に任じられた後は、松井家代々の居館となりました。

熊本の神社 松井神社 八代市北の丸町
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  1. 2016/02/14(日) 10:35:13|
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熊本の神社 八代宮 熊本県八代市松江城町

 八代宮(やつしろぐう)は、熊本県八代市にある神社です。旧社格は官幣中社。

熊本の神社 八代宮 熊本県八代市松江城町
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 八代宮はもともと八代城として築城されました。
 その後、明治3年に八代城が廃城となると、地域住民の熱心な要望により、明治17年八代宮となりました。

熊本の神社 八代宮 熊本県八代市松江城町
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 後醍醐天皇の皇子で、征西将軍としてこの地で足利軍と戦った懐良親王を主祭神とし、懐良親王歿後に征西将軍職を継いだ良成親王を配祀としています。

熊本の神社 八代宮 熊本県八代市松江城町
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 地元では「将軍さん」の愛称で呼ばれています。建武中興十五社の一社です。

熊本の神社 八代宮 熊本県八代市松江城町
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熊本の神社 八代宮 熊本県八代市松江城町
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  1. 2016/01/11(月) 15:56:26|
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熊本の神社 日奈久温泉神社 八代市日奈久上西町

 日奈久温泉発見で、日奈久に人々が移り住むようになり、温泉街となってきました。
 住民達は、温泉発見の10年後に、市杵島姫命を神とする弁天社を近くに建てました。
 しかし、天明4(1784)年に温泉街で大火災が発生し、弁天社も焼けたので、仮宮を作って祀り、文政5(1822)年になって、今の日奈久温泉神社のある所に社殿を築きました。

熊本の神社 日奈久温泉神社 八代市日奈久上西町
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 温泉センターの右手の参道を進むと温泉神社の鳥居と石段があり、登っていくと日奈久温泉神社の社殿が見えてきます。
 右手には、六郎が神のお告げにより掘りおこしたとされる「お告げの石」が祀られ、隣には六郎と父右近を祀った「六郎神社」もあります。

熊本の神社 日奈久温泉神社 八代市日奈久上西町
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 本殿の彫刻は熊本川尻の後藤金十郎の作で見事です。

熊本の神社 日奈久温泉神社 八代市日奈久上西町
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 正面の「雲の龍」、東側の「桐に鳳凰」、西側の「雲に麒麟」、後ろの「波頭」は、五穀豊穣・天下泰平・四海の静けさの中に、湯の町の繁栄を祝い願ったものです。

熊本の神社 日奈久温泉神社 稲荷大明神 八代市日奈久上西町
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 日奈久温泉が発見された話は、肥後国の大武士団菊池氏のあとつぎ問題に始まります。
 足利尊氏が政権を執った南北朝時代の嘉元2年(1304年)、本宗家の相続をねらった菊地武本は、惣領の菊池時隆(武士の甥)と刺しちがえて亡くなりました。
 その後、菊地武本の孫である甲斐重村は足利尊氏の家臣となり、豊後国(今の大分県)の大友氏と組んで、南朝方の菊池武重(きくちたけしげ)を滅ぼそうとしました。菊池武重は菊池時隆の甥にあたります。
 暦応元年(=延元3年、1338年)、菊池武重は鞍岳(阿蘇の外輪山)のふもとで甲斐重村を迎えうち、甲斐重村はこの戦いで敗れてしまいます。
 この時、甲斐重村の部下に浜田右近(はまだうこん)という者がいました。
 浜田右近は、戦いで足に重傷を負ったために逃げおくれ、いろいろな民家に隠れ、足の刀傷を手当てしながら、さまよいます。
 やがて八代の日奈久の近くの小島にたどり着き、足のけがを治しながら再起を図っていましたが、けがは思うように治りませんでした。そのうち日奈久の漁民達が魚などを与えるようになり、浜田右近も漁民の子ども達に読み書きを教えるようになりました。
 浜田右近は、男前でやさしく、日奈久の漁民たちに親しまれるようになりました。そして、漁民治兵衛の娘と結婚し、男の子が生まれました。
 その男の子が、日奈久温泉の発見者「浜田六郎左衛門(ろくろうざえもん)」です。
 浜田六郎左衛門はとても親孝行で、父の足のけがを治そうといろいろな方法を試しましたが、効果は上がらず、父も年老いていくばかりでした。
 そこで浜田六郎左衛門は、安芸(広島県)の宮島の神様(市杵島姫命:いちきしまひめのみこと)に、「私の命を縮めて、父の足のけがが治りますように」と水垢離(みずごり)をとって祈ること17日に及びました。
 満願の夜の夢に、神女があらわれ「汝、父の病気を憂え、吾を信ずること久し、今吾汝が孝心の深きを愛で、霊薬を授けん、すなわちこの潮の干潟の中に平石あり、それより百歩あまりを経て山際に一つの奇石あり、その下こそ正しく温泉なれ、汝が父(浜田右近)をこれに浴せしめなば、必ず17日にして足のけがは、全く癒えん(完全に治るでしょう)」とお告げがあったということです。
 浜田六郎左衛門が、夢に教わったとおりに地形をたどっていくと、確かに石があり、五、六尺ほど掘り下げてみると温泉が湧き出てきたと言われています。
 浜田六郎左衛門は、喜び勇んで父を背負って、温泉に入れること17日、今まで悩んできた父の足の怪我が治ったと言われています。時に応永16年(1409年)のことでした。今から約六百年前のことです。
 この時、浜田六郎左衛門が掘ったとされる湯元は、今の日奈久温泉センターの敷地内にあり、「温泉発祥の地」の記念碑が建ててあります。


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  1. 2016/01/11(月) 12:00:32|
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熊本の神社 河俣阿蘇神社 八代市東陽町

河俣阿蘇神社(かわまたあそじんじゃ)

 祭神は健磐龍命(たけいわたつみのみこと)ほか。伝説によれば健緒組命(たけおくみのみこと)の土蜘蛛征伐にゆかりのある神社。
 現在の神殿は1926年(大正15年)改築。

健磐龍命(たけいわたつみのみこと)
神武天皇の子である神八井耳命(かんやいみみのみこと)の子

熊本の神社 河俣阿蘇神社 八代市東陽町
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 拝殿は入母屋平入(いりもやひらいり)、三方に切目縁(きりめえん)が回る。
 向拝(ごはい)の海老口虹梁(えびこうりょう)は向拝柱(ごはいばしら)・側柱(かわばしら)ともに持送りで受ける。
 天井は折上格天井(おりあげごうてんじょう)で、一間一花の板絵は2011年(平成23年)修復。

 向拝:社殿の屋根の中央が前方に張り出した部分のこと。

熊本の神社 河俣阿蘇神社 八代市東陽町
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 弊殿(へいでん)は弓なりの虹梁が棟木を受ける。
 本殿は三間社流造(さんげんしゃながれづくり)、銅板葺で破風板(はふいた)・拝懸魚(おがみげぎょ)・降懸魚(くだりげぎょ)まで銅板で覆う。
 屋根は箕甲(みのこう)が大きく、鬼板などに丸い違い鷹の羽紋(はもん)あり。
 向拝は三間で、虹梁には卍崩しや花菱綾(はなびしあや)を刻み、木鼻(きばな)は獏鼻(ばくばな)・獅子鼻(ししばな)、中備(なかぞなえ)は蟇股(かえるまた)。

 箕甲:破風ぎわの曲面をなす部分。
 蟇股:梁や頭貫 (かしらぬき) 上にあって上の荷重を支える材。

熊本の神社 河俣阿蘇神社 八代市東陽町
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 手挟(たばさみ)はうねる茎を主とする植物の丸彫り。
 繋虹梁(つなぎこうりょう)は雲龍の丸彫で迫力がある。
 身舎(もや)の組物は二手先(ふたてさき)で装飾的な尾垂木(おだるき)がある。
 隅柱に象鼻がつjく。

 手挟:向拝柱の大斗と内側垂木の隙間をうめる操り形。
 虹梁:虹形に上方にそり返った梁。
 身舎:寝殿造りで,主要な柱に囲まれた家屋の中心部分。ひさしはこの部分から四方に差し出される。

熊本の神社 河俣阿蘇神社 八代市東陽町
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 支輪は彫刻板支輪、蛇腹支輪を二段にし、小壁に兎、花木、鳳凰(ほうおう)、玄武(げんぶ)、犀(さい)。
 妻飾は二重虹梁大瓶束笈形(にじゅうこうりょうたいへいづかおいがた)。
 二本の虹梁間に出組と飛龍の彫刻、笈形は雲から雨が降り波が荒れる様を表現。
 全体に装飾的で見ごたえがある。


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  1. 2015/10/11(日) 12:19:32|
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熊本の神社 八代神社 熊本県八代市

八代神社(やつしろじんじゃ)は、熊本県八代市妙見町にある神社です。
妙見宮(みょうけんぐう)、妙見さん。
旧社格は県社。上宮、中宮、下宮の三宮からなるが、現在は下宮が本宮です。
福島の相馬妙見、大阪の能勢妙見と並んで、日本三大妙見の一つといわれています。

熊本の神社 八代神社 熊本県八代市
hiroの部屋 熊本の神社 八代神社 熊本県八代

 八代神社は、明治4年(1871年)まで妙見宮と呼ばれ、文治2年(1186年)に検校散位(けんぎょうさんみ)大江朝臣高房がこの地に創建したと伝えられています。
 祭神は北極星と北斗七星を神格化した天御中主神と国常立尊です。

熊本の神社 八代神社 熊本県八代市
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 南北朝時代から戦国時代の混乱期を過ぎ、加藤氏による八代城完成と同年の元和8年(1622年)に社殿が、
また、寛永13年(1636年)には細川三斎公によって神輿と神輿屋、脇殿、拝殿などが再興されました。

熊本の神社 八代神社 熊本県八代市
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 その後も元禄12年(1699年)と寛延2年(1749年)に、城主松井氏によって修復がなされ現在に至っています。
 社殿は、屋根は入母屋造り、正面に 千鳥破風があり、数多くの緻密な彫刻が随所に施され、 江戸時代中期から後期の社寺建築の特徴がよく表わされています。

熊本の神社 八代神社 熊本県八代市
hiroの部屋 熊本の神社 八代神社 熊本県八代

 11月22・23日の秋季例大祭である妙見祭は九州を代表する都市例祭で、 「八代妙見祭の神幸行事」として国の重要無形民俗文化財に指定されています。


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  1. 2015/10/11(日) 10:28:08|
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熊本の神社 阿蘇神社 阿蘇市一の宮町

阿蘇神社(あそじんじゃ)は、熊本県阿蘇市にある神社です。
全国に約450社ある「阿蘇神社」の総本社です。

日本三大楼門」に数えられる楼門は、高さが18mあり、神社では珍しい仏閣の様式で建てられた二層楼山門式です。
国の重要文化財に指定されています。

熊本の神社 阿蘇神社 阿蘇市一の宮町
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全国的にも珍しい横参道で、参道の南には阿蘇火口、北には国造神社が位置していると言われています。

熊本の神社 阿蘇神社 阿蘇市一の宮町
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12柱の神を祀り、阿蘇十二明神と総称されています。

一の神殿(左手、いずれも男神)
一宮:健磐龍命 - 第1代神武天皇の孫
三宮:國龍神 - 二宮の父。神武天皇の子で、『古事記』では「日子八井命」と記載
五宮:彦御子神 - 一宮の孫
七宮:新彦神 - 三宮の子
九宮:若彦神 - 七宮の子

国の重要文化財に指定されています。

諸神殿(最奥、いずれも男神)
十一宮:國造速瓶玉神 - 一宮の子。阿蘇国造の祖
十二宮:金凝神 - 一宮の叔父。第2代綏靖天皇を指すとされる

熊本の神社 阿蘇神社 阿蘇市一の宮町
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二の神殿(右手、いずれも女神)
二宮:阿蘇都比咩命 - 一宮の妃
四宮:比咩御子神 - 三宮の妃
六宮:若比咩神 - 五宮の妃
八宮:新比咩神 - 七宮の娘
十宮:彌比咩神 - 七宮の妃

こちらも、国の重要文化財に指定されています。

熊本の神社 阿蘇神社 阿蘇市一の宮町
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熊本の神社 阿蘇神社 阿蘇市一の宮町
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熊本の神社 阿蘇神社 阿蘇市一の宮町
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熊本の神社 阿蘇神社 阿蘇市一の宮町
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  1. 2015/06/20(土) 12:57:52|
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熊本の神社 創建1200年 国宝青井阿蘇神社 熊本県人吉市

人吉駅から、少し歩いた所に平成20年(2008年)6月9日付で国宝に指定された「国宝青井阿蘇神社」があります。

楼門(ろうもん)です。

創建1200年 国宝青井阿蘇神社 熊本県人吉市
hiroの部屋 創建1200年 国宝青井阿蘇神社 熊本県人吉市

内側から見た楼門です。

創建1200年 国宝青井阿蘇神社 熊本県人吉市
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拝殿(はいでん)
建造物の内部が拝殿・神楽殿(かぐらでん)・神供所(じんくしょ)の三部屋に仕切られているのが最大の特徴だそうです。

茅葺屋根は、珍しいですよね。

創建1200年 国宝青井阿蘇神社 熊本県人吉市
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「神楠」です。
枝振りが凄いなあ~

創建1200年 国宝青井阿蘇神社 熊本県人吉市
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  1. 2013/07/13(土) 14:33:58|
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石の山門 石水寺(せきすいじ) 熊本県人吉市

今日は、「SL人吉」の写真撮影に熊本県にやって来ています。
八代から人吉方面の下りの「SL人吉」を追いかけて、那良口駅までやって来ました。
日本の棚田百選「松谷棚田」を見学して、時間調整をしたのですが、まだまだ上りの発車時刻まで時間があります。
ここから、ちょっと行った所にある、大きな石をくりぬいて作られた山門で有名な「石水寺(せきすいじ)」に行ってみました。

219号線を走っていると、「石水寺」の案内板があります。
案内板から数分走ると、石橋が見えてきます。ここが「石水寺」です。

築約150年の立派な眼鏡橋(石橋)です。

hiroの部屋 石の山門 石水寺(せきすいじ) 熊本県人吉市

応永24(1417)年に、実底超真(じつていちょうしん)が開いた曹洞宗の寺です。
石をくりぬいたおにぎり形の山門と、春に桃色の花を咲かせる海棠(かいどう)の古木で有名です。

hiroの部屋 石の山門 石水寺(せきすいじ) 熊本県人吉市

これから、人吉発の上り「SL人吉」を追いかけ八代まで走ります。


石水寺(せきすいじ)
所在地:熊本県人吉市下原田町西門2348
電  話:0966-22-4411
観覧時間:自由
駐車場:有り



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  1. 2009/08/12(水) 23:00:41|
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