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宮崎県の田の神さぁ 西上江の田の神さぁ えびの市

「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。えびの市内には約150体の田の神が残されています。

「西上江の田の神さぁ」の詳細
 建立年:不明
 型分類:農民型
 形態:立位
 像高:56cm
 像幅:23cm
 持ち物:大きなシキを被り、長袖和服で両手が見えません。
 彩色:顔は白色。目と眉毛は黒色。唇・襟・帯は赤色。

瓦葺の立派な祠ですね。

宮崎県の田の神さぁ 西上江の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 西上江の田の神さぁ えびの市
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ふくよかな田の神さぁですね。

宮崎県の田の神さぁ 西上江の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 西上江の田の神さぁ えびの市
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広い田んぼを見守っています。

宮崎県の田の神さぁ 西上江の田の神さぁ えびの市
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  1. 2018/11/09(金) 07:00:06|
  2.  ┣ 田の神様(たのかんさあ)|
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  4. コメント:0

宮崎県の田の神さぁ 千代反田の田の神さぁ えびの市

「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。えびの市内には約150体の田の神が残されています。

新しい祠ですね。
ここにも焼酎「名月」がお供えされています。

宮崎県の田の神さぁ 千代反田の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 千代反田の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 千代反田の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 千代反田の田の神さぁ えびの市
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  1. 2018/11/08(木) 07:00:41|
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宮崎県の田の神さぁ 平馬場の田の神さぁ えびの市

「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。えびの市内には約150体の田の神が残されています。

水路を綺麗な水が流れています。

宮崎県の田の神さぁ 平馬場の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 平馬場の田の神さぁ えびの市
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ここにも焼酎「名月」がお供えされています。

宮崎県の田の神さぁ 平馬場の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 平馬場の田の神さぁ えびの市
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  1. 2018/11/07(水) 07:12:14|
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宮崎県の田の神さぁ 上島内の田の神さぁ えびの市

「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。えびの市内には約150体の田の神が残されています。

「上島内の田の神さぁ」の詳細
 建立年:明治20年(1887年)
 型分類:農民型
 形態:立位
 像高:67cm
 像幅:33cm
 持ち物:シキを被り胸開き、長袖和服と袴姿で右手にメシゲ、左手にキネを持つ。
 彩色:顔・手・足は白色。シキと衣類は赤色。

宮崎県の田の神さぁ 上島内の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 上島内の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 上島内の田の神さぁ えびの市
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道路沿いにあります。
道路が広くなっています。

宮崎県の田の神さぁ 上島内の田の神さぁ えびの市
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  1. 2018/11/06(火) 06:54:02|
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宮崎県の田の神さぁ 上浦の田の神さぁ えびの市

「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。えびの市内には約150体の田の神が残されています。

「上浦のの田の神さぁ」の詳細
 建立年:不明
 型分類:農民型
 形態:立位
 像高:32cm
 像幅:18cm
 持ち物:シキを被り、長袖和服と袴で両手にメシゲを持ち踊っています。
 彩色:顔・手・足は白色。シキと袴は赤色。

宮崎県の田の神さぁ 上浦の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 上浦の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 上浦の田の神さぁ えびの市
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九州自動車道が見えます。

宮崎県の田の神さぁ 上浦の田の神さぁ えびの市
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  1. 2018/11/05(月) 07:17:21|
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宮崎県の田の神さぁ 中内竪梅木の田の神さぁ えびの市

「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。えびの市内には約150体の田の神が残されています。

「中内竪梅木の田の神さぁ」の詳細
 えびの市有形民俗文化財
 建立年:享保10年(1725年)
 型分類:神像型椅像
 形態:椅像
 像高:78cm
 像幅:73cm
 持ち物:纓(えい)のない冠を被り、衣冠束帯で両手は広げ手は欠損しています。
 彩色:彩色無し。

とても威厳のある「田の神さぁ」です。
えびの市内で、2番目に古い田の神像です。

宮崎県の田の神さぁ 中内竪梅木の田の神さぁ えびの市
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歴史を感じる「田の神さぁ」です。

宮崎県の田の神さぁ 中内竪梅木の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 中内竪梅木の田の神さぁ えびの市
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  1. 2018/11/02(金) 07:00:08|
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宮崎県の田の神さぁ 溝の口の田の神さぁ えびの市

「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。えびの市内には約150体の田の神が残されています。

「溝の口の田の神さぁ」の詳細
 建立年:昭和63年(1988年)
 型分類:農民型
 形態:立位
 像高:47cm
 像幅:30cm
 持ち物:シキを被り胸開き、長袖衣と袴姿で右手にメシゲ、左手にスリコギを持つ。
 彩色:シキは黒色。顔、胸は白色。メシゲとスリコギは赤色。襟元、帯紐は黄色。

溝の口公民館の近くになります。
眉毛がいいなあ~

宮崎県の田の神さぁ 溝の口の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 溝の口の田の神さぁ えびの市
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すぐ後ろには水路があります。
綺麗な水が流れています。

宮崎県の田の神さぁ 溝の口の田の神さぁ えびの市
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  1. 2018/11/01(木) 07:00:28|
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宮崎県の田の神さぁ 南岡松の田の神さぁ2 えびの市

「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。えびの市内には約150体の田の神が残されています。

塗ってある色が剥げてきています。

宮崎県の田の神さぁ 南岡松の田の神さぁ2 えびの市
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何年かおきに塗り替えるのかな?

宮崎県の田の神さぁ 南岡松の田の神さぁ2 えびの市
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  1. 2018/10/31(水) 07:00:08|
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宮崎県の田の神さぁ 南岡松の田の神さぁ えびの市

「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。えびの市内には約150体の田の神が残されています。

「田の神通り」にいらっしゃいます。

宮崎県の田の神さぁ 南岡松の田の神さぁ えびの市
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目の前には田んぼが広がっています。

宮崎県の田の神さぁ 南岡松の田の神さぁ えびの市
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  1. 2018/10/30(火) 07:00:22|
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宮崎県の田の神さぁ 幣田神社の田の神さぁ えびの市

「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。えびの市内には約150体の田の神が残されています。

「幣田(ひえだ)神社の田の神さぁ」の詳細
 建立年:平成元年(1989年)
 型分類:農民型
 形態:座位
 像高:53cm
 像幅:37cm
 持ち物:シキを被り、長袖和服と袴姿で右手にメシゲ、左手に椀を持つ。
 彩色:顔は白色。着物は青色。メシゲは赤色。

鳥居の右手に見えます。

宮崎県の田の神さぁ 幣田神社の田の神さぁ えびの市
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宮崎県の田の神さぁ 幣田神社の田の神さぁ えびの市
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大きなシキですね。

宮崎県の田の神さぁ 幣田神社の田の神さぁ えびの市
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  1. 2018/10/29(月) 07:00:24|
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