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宮崎空港で飛行機の写真を 2014/09/28

お天気は、そんなに悪くないのですが、海が荒れています。
宮崎空港は、海に滑走路が突き出ているのですが、今日は白い波飛沫が見えます。

Asiana Airlines Airbus A321-231 HL7790
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Japan Air Commuter BombardierDHC8-400 JA851C
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Solaseed Air Boeing 737-86N JA803X
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2014/10/06 ブログアクセス960,000件を超えました。
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  1. 2014/09/28(日) 17:44:25|
  2.  ┣ 航空機(ANA・JAL・・・)|
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宮崎の神社 武運長久祈願の地 甘漬神社 宮崎県川南町

甘漬神社(あまつけじんじゃ)
祭神 大己貴命(おおなむちのみこと)

宮崎の神社 武運長久祈願の地 甘漬神社 宮崎県川南町
hiroの部屋 宮崎の神社 武運長久祈願の地 甘漬神社 宮崎県川南町

創立年月日は不明であるが、古老の口碑によれば、神武天皇が御東遷の御雄図を立てられ、
宮崎の宮をご進発され、宮崎の宮を御進発され、大和国への御東遷の途上、
暫し甘漬の地にご滞留された。

宮崎の神社 武運長久祈願の地 甘漬神社 宮崎県川南町
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その時に、みずから大神を奉斎し群臣将兵と共に武運長久と国土の平定を御祈請あらせられたのが創祀の始めといい伝える。
ここに神武天皇御滞在中、さる高貴の御方が死去され、
その方を葬った古墳が神社境内の中央神木老樹うっ蒼たる内にある。

宮崎の神社 武運長久祈願の地 甘漬神社 宮崎県川南町
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本社の例祭毎に、第一に此の古墳に御幣を奉上し、其の後に、
本社の祭典をとり行う事を吉例として来た。

宮崎の神社 武運長久祈願の地 甘漬神社 宮崎県川南町
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棟札によれば、甘漬三所権現として、
天文6年(1537年)に再興されており、
その後も、慶長2年(1597年)卯月、寛永7年(1630年)12月再興の記録がある。

宮崎の神社 武運長久祈願の地 甘漬神社 宮崎県川南町
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「県史跡調査報告」によると、歴代秋月氏の篤く崇敬した社で、慶長2年丁酉卯月には、秋月三左衛門種近公より神領七石五斗、営繕その他祭器類一切の寄進があった。
その後も、社参、代参等度々あり、社殿の改築修理もなされた。
明治4年11月村社となる。

神武天皇
日本神話に登場する人物で、日本の初代天皇。
古事記
 神倭伊波礼琵古命(かむやまといわれひこのみこと)
日本書紀
 神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)
 始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)
 若御毛沼命(わかみけぬのみこと)
 狹野尊(さののみこと)
 彦火火出見(ひこほほでみ)
と称される。

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  1. 2014/09/28(日) 15:38:57|
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宮崎の神社 御祭神日本武尊 平田神社 宮崎県川南町

平田神社(へいだじんじゃ)
御祭神
 日本武尊(やまとたけるのみこと)
 速玉男神(はやたまおのかみ)
 御年神(みとしのかみ)
 事解男神(ことさかおのかみ)
 瓊々杵尊(ににぎのみこと)
 菊理此売神(きくりひめのかみ)

宮崎の神社 御祭神日本武尊 平田神社 宮崎県川南町
宮崎の神社 御祭神日本武尊 平田神社 宮崎県川南町

創立年代は不詳なるも、古老の口碑によると日本武尊熊襲征伐の為西下されし時、幣田川(現平田川)川口の伊倉より御船にて川を上がられ、川岸の年の森に船を寄せ、現社地の東南の高台の御山に宮居を定め、暫しこの地に留まられ熊襲征伐の後再び立ち寄られた。

宮崎の神社 御祭神日本武尊 平田神社 宮崎県川南町
hiroの部屋 宮崎の神社 御祭神日本武尊 平田神社 宮崎県川南町

後の仁徳天皇の御宇(西暦300年代)人々は尊の高徳を慕い、御遺跡を讃え宮居の地に向かって現社地に神殿を建立し、尊を祭神として創始せりと伝う。
以前は由緒記・古文書等ありしも、天正年間(1573~1592)大友宗麟この地に乱入せし際兵火に遭い、神殿及び古文書等は焼失せり。

宮崎の神社 御祭神日本武尊 平田神社 宮崎県川南町
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棟札に「奉再興平田大明神一宇文禄3年(1594)甲牛11月25日再興」と記載あり。
足利将軍義政の時(1436~1490)伊東氏より神領三百石を寄進。
現今祭田と称する地名の田地あり。

宮崎の神社 御祭神日本武尊 平田神社 宮崎県川南町
hiroの部屋 宮崎の神社 御祭神日本武尊 平田神社 宮崎県川南町

高鍋藩主秋月公に至り神領三石社殿の修理とその他祭器具等一切の寄進あり。
祭礼には御直参又代参され崇敬厚きものであった。

宮崎の神社 御祭神日本武尊 平田神社 宮崎県川南町
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明治4年郷社に列せられる。
明治43年末社(祭神御年神)熊野神社(祭神速玉男神・事解男神・菊理此売神)菅原神社(祭神菅原道真公)霧島神社(祭神瓊々杵尊)の四社を平田神社に合祀する。
創始より此方平田郷の氏子より産土神(守護神)の社として崇敬される。

○日本武尊(やまとたけるのみこと)
「日本書紀」、「先代旧事本紀」
 日本武尊(やまとたけるのみこと)
 第12代景行天皇の第二皇子
 第14代仲哀天皇の父
 兄に大碓命(大碓皇子)は双子とされる。
「古事記」
 倭建命(やまとたけるのみこと)
 第12代景行天皇の第三皇子
 第14代仲哀天皇の父

○速玉男神(はやたまおのかみ)
 イザナキ(古事記:邪那岐命、日本書紀:伊弉諾神)の唾から生まれた神

○御年神(みとしのかみ)
 スサノオと神大市比売(かむおおいちひめ・大山津見神の娘)の間に生まれた神

○事解男神(ことさかおのかみ)
 黄泉津事解之男神
 イザナキ(古事記:邪那岐命、日本書紀:伊弉諾神)が掃きはらって生まれた神

○瓊々杵尊(ににぎのみこと)
「古事記」
 天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命(あめにぎしくににぎしあまつひこひこほのににぎのみこと)
 天邇岐志
 国邇岐志
 天日高日子
「日本書紀」
 天饒石国饒石天津彦火瓊瓊杵尊(あめにぎしくににぎしひこほのににぎのみこと)
 天津日高彦瓊瓊杵尊
 彦火瓊瓊杵
 火瓊瓊杵
「一般」
 瓊瓊杵尊
 瓊々杵尊
 邇邇芸命
 天照大御神の命により、ニニギノミコトは葦原中国を統治するため高天原から地上に降りたという。
 これを「天孫降臨」と呼ぶ。
 ニニギは薨去後「可愛之山稜」に葬られた。
 宮内庁の調査により、明治29年、宮崎県東臼杵郡北川町の可愛岳(えのだけ)山麓の古墳を「可愛山陵伝承地」、宮崎県西都市西都原古墳群にある男狭穂塚を「可愛山陵参考地」と定めた。男狭穂塚は九州最大の古墳である。
 ただ、宮崎県宮崎市の前方後円墳にある奈古(なご)神社(江戸時代以前の呼称は長屋神社)、宮崎県延岡市天下町(あもりまち)の天下神社(吉野神社)境内にある国指定南方古墳も御陵と伝えられている。
 可愛岳そのものが神陵であるという伝承もある。

○菊理此売神(きくりひめのかみ)
 伊奘諾尊と伊弉冉尊を仲直りさせたとして、縁結びの神とされている。

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  1. 2014/09/28(日) 15:19:59|
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宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町

日向国一之宮都農神社
御祭神 大己貴命(おおなむちのみこと) 【大国主命(おおくにぬしのみこと)】

拝殿は正面5間側面3間平入の入母屋造で、背面中央に奥行2間の切妻造妻入の幣殿を付けています。
屋根は銅板葺で、正面に千鳥破風を架し、その下に縋破風で中央1間に軒唐破風を構えた3間の向拝を付加しています。

宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町
hiroの部屋 宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町

本殿は一間社流造銅板葺で、千木・鰹木を置く。
平成19年に再建されたもので、ほぼ旧本殿の造形を踏襲しています。

千木(ちぎ)・鰹木(かつおぎ)
千木は屋根の両端で交叉させた部材。
鰹木は屋根の上に棟に直角になるように何本か平行して並べた部材。

宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町
hiroの部屋 宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町

本殿を良く見ると、鼠の彫刻があります。

鼠の彫刻
 スサノオは広い野原の中に射込んだ鳴鏑(なりかぶら)を拾うよう葦原色許男神に命じた。
 葦原色許男神が野原に入ると、スサノオは火を放って野原を焼き囲んだ。
 葦原色許男神が困っていると鼠が来て、「内はほらほら、外はすぶすぶ」(穴の内側は広い、穴の入り口はすぼまって狭い)といった。
 それを理解した葦原色許男神がその場を踏んでみると、地面の中に空いていた穴に落ちて隠れることができ、火をやり過ごせた。
 また,その鼠はスサノオが射った鳴鏑を咥えて持って来てくれた。
 スセリビメは葦原色許男神が死んだと思って泣きながら葬式の準備をした。
 スサノオは葦原色許男神の死を確認しに野原に出てみると、そこに矢を持った葦原色許男神が帰って来た。

宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町
hiroの部屋 宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町

旧拝殿は移築され、神楽殿として使用されています。

宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町
hiroの部屋 宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町

旧本殿は安政6年に河野喜之助の寄進により再建されたもので、現在は移築されて末社熊野神社の本殿となっています。
鼠の彫刻を見る事が出来ます。

宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町
hiroの部屋 宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町

撫でウサギ

宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町
hiroの部屋 宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町

撫で大黒

宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町
hiroの部屋 宮崎の神社 日向国一之宮都農神社 宮崎県都農町

○大己貴命(おおなむちのみこと)
「日本書紀」
 スサノオの息子。
「古事記」「日本書紀」の一書や「新撰姓氏録」
 スサノオの六世の孫。
「日本書紀」の別の一書
 スサノオの七世の孫。
 大国主神(おおくにぬしのかみ)
 大穴牟遅神(おおなむぢ)・大穴持命(おおあなもち)・大己貴命(おほなむち)・大汝命(おほなむち『播磨国風土記』での表記)・大名持神(おおなもち)・国作大己貴命(くにつくりおほなむち)
 八千矛神(やちほこ)
 葦原醜男・葦原色許男神(あしはらしこを)
 大物主神(おおものぬし)
 大國魂大神(おほくにたま)・顕国玉神・宇都志国玉神(うつしくにたま)
 伊和大神(いわおほかみ)伊和神社主神
 所造天下大神(あめのしたつくらししおほかみ)
 幽冥主宰大神 (かくりごとしろしめすおおかみ)
 杵築大神(きづきのおおかみ)

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  1. 2014/09/28(日) 14:27:22|
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西都原古墳群の彼岸花 宮崎県西都市

西都原古墳群にヒガン花が咲いていると聞いてやって来たのですが・・・
もう終わりですね。

西都原古墳群の彼岸花 宮崎県西都市
hiroの部屋 西都原古墳群の彼岸花 宮崎県西都市

少し白っぽくなってきています。

西都原古墳群の彼岸花 宮崎県西都市
hiroの部屋 西都原古墳群の彼岸花 宮崎県西都市

今年のヒガン花の見納めです。

ヒガンバナ
ヒガンバナ(彼岸花、学名:Lycoris radiata)はヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草。クロンキスト体系ではユリ科。マンジュシャゲ(曼珠沙華)とも呼ばれる。学名の種小名 radiata は「放射状」の意味。

全草有毒な多年生の球根性植物。散系花序で6枚の花弁が放射状につく。日本には、中国か朝鮮半島からの稲作の伝来時に土と共に鱗茎が混入してきて広まった帰化植物と考えられが、土に穴を掘る小動物を避けるために有毒な鱗茎をあえて持ち込み、あぜや土手に植えたとも考えられる。また鱗茎は薬や、救荒食でもある。有用植物としての働きを熟知しての運搬の可能性も無視できない。

道端などに群生し、9月中旬に赤い花をつけるが、稀に白いものもある。生長の仕方は独特で、夏の終わりから秋の初めにかけて、高さ30~50cmの花茎が葉のない状態で地上に突出し、その先端に5~7個前後の花がつく。開花後、長さ30~50cmの線形の細い葉をロゼット状に出すが、翌春になると葉は枯れてしまい、秋が近づくまで地表には何も生えてこない。開花期には葉がなく、葉があるときは花がない。 鍾馗水仙(ショウキズイセン)という黄色の変種が存在する。

また、日本に存在するヒガンバナは全て遺伝的に同一であり、三倍体である。故に、雄株、雌株の区別が無く種子で増えることができない。(遺伝子的には雌株である)中国から伝わった1株の球根から日本各地に株分けの形で広まったと考えられる。


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  1. 2014/09/28(日) 13:11:18|
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