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宮崎の神社 鵜戸神宮 宮崎県日南市

 鵜戸神宮(うどじんぐう)は、宮崎県日南市にある神社です。
 神社の格式(旧社格)は宮崎神宮と同じ官幣大社で、現在神社本庁(神宮(伊勢神宮)を本宗とし、日本各地の神社を包括する日本の宗教法人。)の別表神社(神社本庁が定めた、神社本庁が包括している一部の神社)に指定されています。
 日向灘に面した断崖の中腹、東西38m、南北29m、高さ8.5mの岩窟(海食洞)内に本殿が鎮座し、参拝するには崖にそって作られた石段を降りる必要があり、神社としては珍しい「下り宮」のかたちとなっています。
 古くは「鵜戸権現」とも称されましたが、明治元年(1868年)の神仏判然令(神仏習合の慣習を禁止し、神道と仏教、神と仏、神社と寺院とをはっきり区別させること。)によって権現号を廃し、明治2年「鵜戸神社」と改称、明治7年に神宮号(皇室祖先神)が宣下されて現社名となっています。

神門 はじめにくぐる朱塗りの色鮮やかな門です。

宮崎の神社 鵜戸神宮 宮崎県日南市
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楼門 神門の次にくぐる門です。

御祭神
 日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)
 大日孁貴(おおひるめのむち)(天照大御神)
 天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)
 彦火瓊々杵尊(ひこほのににぎのみこと)
 彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)
 神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)(神武天皇)

宮崎の神社 鵜戸神宮 宮崎県日南市
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 主祭神の産殿の址とされる洞窟内に建つ朱塗りの社殿は、本殿・幣殿・拝殿が1体となった権現造(八棟造)こけら葺で、鮮やかな極彩色で飾られています。
 お参りはここで行い、作法は二拝二拍手一拝。
 御主祭神の外に五柱の大神様をお祀りしている。
 延暦元年の再興以来、何回となく修改築されており、近いところでは昭和43年に行い(257年ぶり)、平成9年にも改修を行っている。
 平成7年に宮崎県の有形文化財に指定されています。

宮崎の神社 鵜戸神宮 宮崎県日南市
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皇子神社
 本殿左側に鎮座し、彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を祀る。
 もと吹毛井(ふけい)の船形山(ふながたやま)に鎮座し、明治維新後現在地に遷座したという。

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九柱神社
 神直毘神・大直毘神・伊豆能売神・底筒男神・中筒男神・上筒男神・底津綿積神・中津綿積神・上津綿積神を祀っています。

イザナギノミコト(伊邪那岐命)
 汚らわしい国へ行ってきたため、イザナギは身体を清め禊ぎをすることにした。
 そして、筑紫の日向の橘の小門(おど)の阿波岐原(あわきはら)に出向いて禊ぎ祓えを行なった。先ず身につけていたものを次々と脱ぎ捨てると、全部で十二柱の神々が生じた。
 次いで、流れの速い中流の瀬に場所を移し、水に潜って身の穢れを洗い清めると、また様々な神が生まれた。このとき、安曇連らが祖先神としてあがめ祭っている三柱のワタツミの神も生まれた。
 さらに、左の眼を洗うとアマテラスオオミカミ(天照大御神)が生まれた。
 右の眼をあらうとツクヨミノミコト(月読命)が生まれた。
 鼻を洗うとタケハヤスサノヲノミコト(建速須佐之男命)が生まれた。

宮崎の神社 鵜戸神宮 宮崎県日南市
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アマテラス(左目)(天照大神)【伊勢神宮】 ツクヨミ(右目)(月夜見尊月読命) スサノヲ(鼻)(建素戔嗚尊速)
 スサノヲは「それぞれ誓約(うけい)をして子を産もう」と提案した。
 こうして二神は天の安河を中に挟んで誓約をした。
 アマテラスはスサノヲが帯びている十拳剣(とつかのつるぎ)を受け取ると、これを三つに折り、玉の緒が揺れて玉が音を立てるほど天の真名井の水を振り濯いだ。その後これをかみ砕き息を吐き出すと、その息の霧からタキリヒメノミコト(多紀理毘売命)をはじめとして三柱の女神が生まれた。現在の宗像神社の祭神たちである。
 スサノヲはアマテラスの髪や右手と左手に巻いた玉の緒を受け取り、これを噛みに噛んではき出すと、その息の霧から出雲国造の祖神であるアマツヒコネノカミ(天津日子根命)など5柱の男神が生まれた。

宮崎の神社 鵜戸神宮 宮崎県日南市
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アメノオシホミミノミコト(正勝吾勝勝速日天忍穂耳命)【英彦山神宮】
 天降ろうと準備している間に、アメノオシホミミとトヨアキツヒメ(豊秋津師比売)の間に、ニニギノミコト(邇邇芸命)という御子が生まれた。
 そこで、アメノオシホミミの申し出によって、アマテラスはこの孫を天降りさせて葦原中国を統治させることにした。

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ニニギノミコト(天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命)【霧島神宮】
 コノハナサクヤヒメは一夜の契りだけで身ごもった。
 ニニギノミコトは「身ごもった子は私の子ではあるまい。おそらく国つ神の子であろう」と疑った。
 そこで、ヒメは「天つ神の御子であるならば、火の中で無事に生まれるだろうと、産殿に火を放った。そして、火の中で三柱の子供を無事に出産した。
 ホデリノミコト(火照命)、ホスセリノミコト(火須勢理命)、ホヲリノミコト(火遠理命)の三柱である。ホヲリノミコトの別名は、ヒコホホデミノミコ(日子穂穂手見命)である。

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ヲリノミコト(山幸彦)(火遠理命)【鹿児島神宮】
 トヨタマヒメが夫のホヲリノミコのいる地上の国に出向いてきた。
 すでに身ごもっていて出産が近づいており、海辺の渚に鵜の羽を葺草にした産屋(うぶや)を作って、そこで出産することになった。
 トヨタマヒメは、異郷の者が出産のときは本来の身体になって生むので、産屋を覗かないでくれ、と夫のホヲリノミコに頼んだ。
 産屋の屋根がまだ葺き終わらないうちに陣痛が始まり、トヨタマヒメは産屋に入った。
 妻の言葉を不思議に思ったホヲリノミコは、密かに覗いてみるとヒメは大鰐の姿ではい回り身をくねらせていた。その姿を見てホヲリノミコは驚き、恐ろしさのあまり逃げ出した。
 夫に出産の現場を見られたことを知ったトヨタマヒメは、ウカヤフキアエズノミコト(鵜葺草不合命)を産み落とすと、ただちに海神の国へ帰ってしまった。
 しかし、夫を慕う心に耐えられなくて、その御子を養育するという理由で、妹のタマヨリヒメ(玉依毘売)を遣わした。

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ウガヤフキアエズノミコト(日子波限建鵜草葺不合命)【鵜戸神宮】
 タマヨリヒメと結婚し、ワカミケヌノミコトら4人の皇子をもうけました。

ワカミケヌノミコト(神武天皇)(神倭伊波礼琵古命)【宮崎神宮】

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  1. 2014/11/29(土) 14:23:23|
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