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宮崎県の田の神さぁ 立野の田の神 小林市南西方

「立野の田の神」です。
県道53号線(京町小林線)から130m程南へ行った所に「立野の田の神」はいらっしゃいます。
入口正面に行かないと、「立野の田の神」は見つけられませんでした。

宮崎県の田の神さぁ 立野の田の神 小林市南西方
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「立野の田の神」の詳細
 建立年:不詳
 型分類:神像型座像
 形態:座位
 像高:55cm
 像幅:50cm
 持ち物:烏帽子(えぼし)被り、狩衣(かりぎぬ)姿で両手組み穴無し。
 彩色:顔は肌色で袴は朱色。
 標高:313m

 烏帽子(えぼし):成人男性が被った帽子
 狩衣(かりぎぬ):公家の普段着

宮崎県の田の神さぁ 立野の田の神 小林市南西方
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宮崎県の田の神さぁ 立野の田の神 小林市南西方
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宮崎県の田の神さぁ 立野の田の神 小林市南西方
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。


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  1. 2020/09/24(木) 18:00:12|
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