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宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所

国道268号線の「梅田学園小林自動車学校」入口から300m行ったY字路を左へ進み、道なりに1km程行った左手に「八所(やところ)の田の神」が祀られています。

宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所

「八所(やところ)(左)の田の神」の詳細
建立年:不詳
型分類:農民型
形態:座位
像高:62cm
像幅:52cm
奥行:30cm
持ち物:シキ被り長袖和服で右手メシゲ、左手持ち物なく両手膝の上。
 彩色:顔以外は鮮やかなベンガラに赤色

シキ:縄で編んだ敷物
メシゲ:しゃもじ

宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所

「八所(やところ)(右)の田の神」の詳細
建立年:不詳
型分類:神官型座像
形態:座位
像高:62cm
像幅:74cm
奥行:35cm
持ち物:頭部は改作されています。衣冠束帯で両手輪組で穴あり。
彩色:顔以外は鮮やかなベンガラに赤色

衣冠束帯(いかんそくたい):平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。

宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所

同じ所にに田の神が二体あるのは珍しく、夫婦の田の神とも言われていますが、後ろにある「田の神様御鎮座記念の碑」には

田の神様御鎮座記念の碑
 この横を流れる大谷川の水源は、山の神にあり、滾々と湧き出る水は、昔より涸れることなく、栗須の下を流れて、城の下川となり約10Km下流の大久保で岩瀬川に合流する。
 流域は昔より我等の祖先が開田し、営々として耕作を続けて来た。
 「御飯粒をこぼすと目がつぶれる。」と、いわれた程に大切な食糧である稲には、神が宿ると考えられ、神は春には田に降り、晩秋には山に帰られると信じていた。
 又、「サ」という神様が、春になると、天から降臨され、神に仕える早乙女は生贄にされたともいわれている。
 田の神に化粧するのは、ここらに由来しているものと思われる。
 旧薩摩藩領内では、今より約270年前頃より、田の神像を石で彫刻し、田の見える場所に安置して、豊作を祈念するようになった。

宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所

 八所の田の神は初めに、大きい方の神像が造られた。
 その後は豊作続きであったので、他地区の人達が「八所の田の神は、豊作を授けて下さる有り難い神様だ。」ということで、夜、こっそりと借りて行った。ところが帰された時には、頭がなくなっていた。
 そこで八所の人々はしゃもじを持った小さい方の田の神を造って、二体並べて祭って来た。
 昭和二十三年に田の神お化粧の時、首なしの神にも頭を造って、くっつけた。

宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 八所(やところ)の田の神 小林市野尻町三ケ野山字八所

 昭和八年には野尻原開田のずい道が通じた為に水位が下がり、田の神の前に揚水ポンプが設けられた。
 昭和六十一年に、ずい道の老朽化による改造工事の為、昔からの鎮座地で「字、佐土元、三三八一番地一〇(367㎡)」に台座を作り永久に田の神の敷地に使用することになった。
 旧三月十五日にはお化粧をし「サ昇り」には、焼酎や田の苗等をあげて豊作を祈念した。
 「春田打つ、夏の早苗とるあしたより、秋の夕を守る田の神”この度の鎮座に当り、由来を記し、後世に伝えるものである。」
昭和六十一年三月吉祥日 八所田の神講一同


今回の「八所(やところ)の田の神」の撮影で、小林市野尻町の「田の神さぁ」は終了します。


「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。


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