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クラシックカーフェスティバル in 霧島

第6回クラシックカーフェスティバルを見に、都城市高城町石山観音池公園 自由広場へやってl来ました。
お~!沢山の車が並んでいます。
昨年より参加車が多いですね。
お天気良くありませんが、沢山のお客さんが来ています。

スカイライン ハードトップ2000GT-R(KPGC110型)ですよね!?
S20型エンジン(1989cc 160ps/7000rpm、18.0kgm/5600rpm)を搭載し、専用ラジエータグリル、前後オーバーフェンダー、リアスポイラー等を装備する他、先代では標準でなかったラジオが標準装備とされている。排出ガス規制の影響もあり、僅か197台が生産され、うち195台が市販されたのみで終了している。残りの2台はレースカーの試作車である。レースに出場することはなかったが、旧車趣味界においても希少なGT-Rとして知られている。この後、R32型までGT-Rは設定されていない。
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プリンスグロリアスパー6
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日産・フェアレディZ
フェアレディZ(FAIRLADY Z / フェアレディ・ゼット)は、日産自動車が製造するスポーツタイプの乗用車。通称「Z(ゼット)」。北米市場では「NISSAN 350Z」として販売されている。アメリカ合衆国での通称は「Z-car(ズィーカー)」など。
1969年、先代モデルであるオープンボディの「フェアレディ」に代わって登場。ヨーロッパ製の高級GTに比肩するスペックと魅力あるスタイルを兼ね備えながら、格段に廉価であったことで、北米市場を中心に大ヒットし、長期生産されて「DATSUN」「Z-car」の名を確固たる物とした、記念碑的モデルである。日産の世界的なイメージリーダーとして、9年間もの長期に渡って生産され、世界総販売台数55万台という、当時のスポーツカーとしては空前の記録を樹立した。
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ダイハツ・ミゼット
ミゼット (Midget) とは、ダイハツ工業が生産していた三輪自動車である。ミゼットの名前の由来は小型、チビの意味で付けられた。
それまでダイハツで製造していた三輪自動車は小型枠のトラックであったが、1954年にトヨタ自動車が四輪トラック(後のトヨエース)を販売したのをきっかけに三輪トラックの需要が低下。そこでダイハツはあまり見向きもされてなかった軽自動車枠に目をつけ、当時存在した軽自動車免許(現在は普通自動車免許に統合され、未済条件として存続)で運転できる三輪車を開発。1957年にミゼットが発売開始。当時生CMに大村崑を起用したのが大当たりとなりミゼットは一躍ベストセラーとなった。
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マツダコスモスポーツ(東洋工業株式会社)
世界初の2ローターREスポーツ
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ホンダS800 年式41年
ホンダ・S800(エスはっぴゃく)は、本田技研工業がホンダ・S500、ホンダ・S600に引き続き、Sシリーズの第3弾として1966年1月~1970年5月の間に生産した小型スポーツカーである。略称は「S8(エスハチ)」。
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トヨタ・スポーツ800
トヨタ・スポーツ800(トヨタ・スポーツはっぴゃく)とは、トヨタ自動車が1965年から1969年にかけて製造した小型のスポーツカーである。
超軽量構造と空気抵抗の低さで、非力ながら優れた性能を発揮したことで知られる。愛好者からはヨタハチの通称で呼ばれる。
本田技研工業が1963年から生産した、ホンダ・S500に始まるSシリーズとは好敵手として並び称され、1960年代の日本製小型スポーツカーの秀作として評価が高い。
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ダットサン・フェアレディ2000
直列4気筒SOHC U20型エンジン(1982cc 145ps/6000rpm)と、ポルシェタイプシンクロを持った5速トランスミッションを搭載、発表された最高速度は205km/hであり、国産初の200km/hオーバーカーとなった。
「フェアレディ」の完成形と後に賞賛されるモデルとなる。ちなみにテレビコマーシャルは杉山登志らが制作し、数々の賞を受賞した。
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スバル360
スバル360(SUBARU 360)は、富士重工業が開発した軽自動車である。1958年から1970年までのべ12年間に渡り、約39万2,000台が生産された。
航空機技術を応用した超軽量構造を採用し、また限られたスペースで必要な居住性を確保するための斬新なアイデアが、数多く導入された。その結果、量産型の軽自動車としては、史上初めて大人4人の乗車を可能とすると共に、当時の水準を超える走行性能を実現した。
比較的廉価で、なおかつ十分な実用性を備えていたことから、1960年代の日本において一般大衆に広く歓迎され、モータリゼーション推進の一翼を担った。ゆえに日本最初の「国民車(大衆車)」と評されると同時に「マイカー」という言葉を誕生・定着させた車であり、日本の自動車史のみならず戦後日本の歴史を語る上で欠かす事のできない「名車」である。
範となったフォルクスワーゲン・タイプ1のあだ名となっていた「かぶと虫」との対比から、また、そのコンパクトにまとめられた軽快なデザインから、「てんとう虫」の通称で庶民に広く親しまれた。
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ホンダZ
初代は1970年代に生産していたスペシャルティタイプの軽自動車(Z360)。デザインは日本人が行ったものであり、360ccでクーペスタイルを目指したものである。そのため後座席は子供が乗れる位のスペースしかなかった。しかし当時のホンダ車に共通する飛行機風の計器類のデザインは印象的である。また4速と5速ではシフトパターンに違いがある。デザイン段階で後方までルーフを伸ばしたため、後部を斜めにカットしガラスハッチを持ち、その黒くて太い枠から「水中メガネ」の愛称で親しまれた。
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昔の車、良いですね~
エスハチ、ヨタハチ、フェアレディ美しいなあ~

昨年より、沢山の参加車でしたが、昨年の方が車種ごとに綺麗に並んでいました。
クラシックカーフェスティバル2007
今年は、同じ車種なのに離れていて・・・
ミニが綺麗に並んでいるのが、目立っていましたね。



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  1. 2008/10/26(日) 20:34:06|
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