FC2ブログ

★hiroの部屋★

★写真 ★★車を快適に! ★★★バイクを快適に! ★★★★ ★★★★★ ★★★★★★ ★★★★★★★

宮崎の神社 不思議塩辛い水 鹿野田(かのだ)神社 宮崎県西都市

2009/5/16 宮崎県西都市にある、鹿野田(かのだ)神社にやって来ました。
3台程停められる駐車場があります。

hiroの部屋 塩辛い水 鹿野田(かのだ)神社 宮崎県西都市

鹿野田(かのだ)神社は、海幸山幸に登場する塩満珠(しおみつたま)と塩乾珠(しおふるたま)が御神体。海から15km離れているが、水は塩辛く、潮の干満で水位が上下する不思議な井戸。

御神水です。
御神水 一升 100円
      一斗1000円

hiroの部屋 塩辛い水 鹿野田(かのだ)神社 宮崎県西都市

hiroの部屋 塩辛い水 鹿野田(かのだ)神社 宮崎県西都市

非常に読みにくくなっています。

hiroの部屋 塩辛い水 鹿野田(かのだ)神社 宮崎県西都市


「鹿野田神社と潮満の泉について」の説明。
 この鹿野田神社は明治の初め頃まで、潮妙見大明神とか潮妙見様とかいわれ、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)をお祀りしてあります。
 創建の年代ははっきりしておりません。 棟札は弘安六年(1283)からありますので非常に古いものと推察されます。
 彦火火出見尊は別名を火遠理命(ほおりのみこと)といい海幸山幸の物語の中の山幸彦でありますが、兄君火照命(ほでりのみこと)の釣針をなくされ、それを探しに海神綿津見大神(わだつみのおおかみ)のもとへ行き、三年の後なくした釣針のほかに潮満玉(しおみつたま)と潮涸玉(しおひるたま)を授かって帰られました。 (古事記)
 この潮満玉・潮涸玉が鹿野田神社の御神体であり、この潮満の泉はその御神徳によるものといわれております。
 この潮満の泉は深さ一丈(約三米)余り、海を隔ること三里(約十二粁)に余りながらこの塩水は海水の干満と時を同じうして増減するといわれております。
 享保十二年(1726)の社殿再興の棟札には、上下万民崇敬の様子を述べると共に、この潮満の泉の功徳をたたえて哀愍六合を覆うと述べております。
 平安時代の有名な女流歌人和泉式部は八代の法華嶽薬師に参籠した後、帰郷の途中再び病となり鹿野田氷室の里(潮)までたどりつきこの潮満の泉で湯治をと思ったのか、近くの薬師堂に籠り読経三昧の日を送り、竟にこの地で四十三才の生涯を終わったと伝えられています。
 「日隠れや氷室の里を眺むれば藻塩の烟りいつも絶やせぬ」
 これは和泉式部の歌といわれ、近くに籠った薬師堂跡と式部の墓があり里人によって祀られています。(日隠れ=城内の古名)
 このように由緒深い潮妙見様は、伊東氏・島津氏の両時代も領主領民に深く崇敬されてきました。
 江戸時代の末には、勤王の志士高山彦九郎が諸国遊説の途この社に参拝し村人と濁酒を汲み交し、また飫肥藩の学者安井息軒が都於郡の史跡巡りをしてここを訪れ、神主の丸山宅に一泊して夜通し神楽を見物し「筋骨のあらぶる神の一さしに天の岩戸は早明けにけり」と詠んだと記されています。
 時は流れて今日に至も常に里人の崇敬は篤く、霊験あらたかなるこの潮満の泉の塩水を薬用として飲用する人もあり春秋の大祭には大へんな賑わいを見せています。

hiroの部屋 塩辛い水 鹿野田(かのだ)神社 宮崎県西都市

海から遠く離れているのに、塩っ辛い水が出るのは不思議ですね。



プチット押していただけると嬉しいです


ランキングにご協力ください。
クリックをお願いしますね♪


にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ

にほんブログ村 バイクブログ 4MINIへ
関連記事


  1. 2009/05/16(土) 22:01:03|
  2.  ┣ 神社・神話・寺院|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

宮崎の神社 国指定重要文化財 巨田神社(こたじんじゃ) 宮崎市佐土原町 | ホーム | 都於郡城跡(とのこおりじょうあと) 宮崎県西都市

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://mpv21hiro.blog.fc2.com/tb.php/518-e13b60c3

| ホーム |