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宮崎の神社 国指定重要文化財 巨田神社(こたじんじゃ) 宮崎市佐土原町

2009/5/16 宮崎市佐土原町にある、巨田神社(こたじんじゃ)にやって来ました。
佐土原町と言っても、すぐそこは西都市です。

hiroの部屋 国指定重要文化財 巨田神社(こたじんじゃ) 宮崎市佐土原町

広い駐車場があります。
綺麗なトイレも完備されています。

hiroの部屋 国指定重要文化財 巨田神社(こたじんじゃ) 宮崎市佐土原町

変わった屋根ですね。

hiroの部屋 国指定重要文化財 巨田神社(こたじんじゃ) 宮崎市佐土原町

景行天皇腰掛石
hiroの部屋 国指定重要文化財 巨田神社(こたじんじゃ) 宮崎市佐土原町

景行天皇(けいこうてんのう)
九州巡幸
景行12年(82年)熊襲が背いたので、これを征伐すべく、8月に天皇自ら西下。周防国の娑麼(さば、山口県防府市)で神夏磯媛から賊の情報を得て誅殺した。筑紫(九州)に入り、豊前国京都郡(福岡県行橋市)に行宮(かりみや)を設ける。豊後国の碩田(おおきた)で土蜘蛛を誅して、11月ようやく日向国に入る。熊襲梟帥(くまそたける)をその娘に殺させ、翌年夏に熊襲平定を遂げた。日向高屋宮(宮崎県西都市か)に留まること6年。18年(88年)3月に都へ向け出立し、熊県(熊本県球磨郡)や葦北(同葦北郡)・高来県(長崎県諫早市)・阿蘇国(熊本県阿蘇郡)・的邑(いくはのむら、福岡県浮羽郡)を巡り、19年(89年)9月に還御した。なお、この天皇親征について、古事記には一切記されていない。


巨田神社(こたじんじゃ)
国指定重要文化財   本殿、棟札二十二枚        昭和五十三年五月三十一日指定
県指定有形文化財   摂社・若宮社、摂社・今宮社   昭和五十八年一月二十一日指定 
 巨田神社は、寛治七年(1093)宇佐神領時代に郷土の鎮守の神として天太玉命・誉田別命(應神天皇)大帯姫命(神功皇后)を奉斎創立し、武運・産業・安産・病気平癒・開運等を祈願し崇敬されてきた。
 本殿は、文安五年(1448)に再建されたことが棟札によって判明した。この間、いくたびか修理が施され、元禄八年(1695)には、外観意匠を一変する大修理が行なわれている。
 本殿の構造は、三間社流造りで板葺き、木部には朱が塗られ、南九州には数少ない中世神社建築の遺構で、修理時期を明示する棟札が二十二枚も保存されている。
 現在の本殿は、天文十九年(1550)の建立といわれ、歴史的文化的にも貴重な建造物として認められ、国の重要文化財に指定された。しかし、縁廻りに歪や苔害等全般に破損を生じてきたので、国・県・町の補助を得て、昭和五十六年(1981)根本的解体修理を行い、元禄八年(1695)の本殿に復元された。
 摂社は、本殿を中心に左に若宮社、右に今宮社が建立されているが、破損が著しく本殿とともに大修理を施した。摂社は一間流見世棚造りで、その価値が認められ、県の有形文化財に指定された。
 これらの文化財保全の為に、国・県・町の補助を得て防災設備を施し、永年保存への完璧を期した。氏子一同におかれては、全員協力し浄財を拠出され、さらに社有林の間伐・除伐、幣殿・参道の整備、外柵の新設等環境の整備に尽力され、二か年にわたる計画・工事の全てを昭和五十七年十一月二十八日に完了した。 
宮崎市教育委員会




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  1. 2009/05/16(土) 22:12:53|
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