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庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防

石井十次記念館前のこいのぼりの撮影後、庄内川のこいのぼりを撮影に都城市庄内町にナビをセットです。
私の知っているルートではなく、遠回りのルートを案内するので、ナビを無視して走った結果、ナビの当初の到着予定時間より30分早く到着しました。

駐車場は、都城酒造M'sガーデン駐車場が利用できます。
道路沿いに案内板があります。
駐車場入口から奥に入って行くと、堤防の近くに駐車することが出来ます。
堤防を駆け上がると、対岸に150匹のこいのぼりが見えます。

荘内商工会青年部の皆さんが、子ども達の健やかな成長を祈って毎年掲揚しているものです。
初めての撮影です。

高千穂峰が見えます。

庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防
hiroの部屋 庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防

橋を渡り、対岸で撮影です。
撮影ポイントを探して歩き回ります。

庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防
hiroの部屋 庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防

小さなお子さんを連れてきている方が多かったですね。

庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防
hiroの部屋 庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防

綺麗に色分けしていますね。

庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防
hiroの部屋 庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防

幅広くこいのぼりが泳いでいるので、場所により風の強弱があり、全部のこいのぼりが勢いよく泳ぐ瞬間をじっと待つのでした・・・

庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防
hiroの部屋 庄内川の150匹のこいのぼり 都城市庄内町庄内川堤防

カメラマンも数人来られていました。


こいのぼり(鯉幟)
 日本の風習で、江戸時代に武家で始まった端午の節句に、男児の健やかな成長を願って家庭の庭先に飾る鯉の形に模して作ったのぼりです。
 紙・布・不織布などに鯉の絵柄を描いたもので、風を受けてたなびくようになっています。
 皐幟(さつきのぼり)、鯉の吹き流しとも言います。
 もとは旧暦の5月5日までの行事でしたが、現代ではグレゴリオ暦(新暦)5月5日に向けて飾られるようになり、イメージは「晩春の晴天の日の青空にたなびくもの」となりました。



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  1. 2022/04/20(水) 15:00:02|
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都城市山田町山田石風呂(いしふろ)の石風呂 営農研修館

田の神さぁを探しに、公民館、研修館などを訪れます。

石風呂営農研修館です。

都城市山田町山田石風呂(いしふろ)の石風呂 営農研修館
hiroの部屋 都城市山田町山田石風呂(いしふろ)の石風呂 営農研修館

石風呂営農研修館で石風呂を見つけました。
都城島津邸の石風呂と同じ造りですね。

都城市山田町山田石風呂(いしふろ)の石風呂 営農研修館
hiroの部屋 都城市山田町山田石風呂(いしふろ)の石風呂 営農研修館


都城市山田町山田石風呂(いしふろ)の石風呂 営農研修館
hiroの部屋 都城市山田町山田石風呂(いしふろ)の石風呂 営農研修館


都城市山田町山田石風呂(いしふろ)の石風呂 営農研修館
hiroの部屋 都城市山田町山田石風呂(いしふろ)の石風呂 営農研修館

都城島津邸の石風呂です。

都城島津邸 石風呂 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 石風呂 都城市早鈴町

これは大きな石をくり抜いて作られた風呂です。
石風呂の下の穴の部分に「つぶろ(鉄の釜)を横に倒した状態で差込み「つぶろ」の中で火を焚き、石風呂の中の水を温めて入りました。
石風呂と「つぶろ」の隙間から水が漏れないように布などを詰め込みました。石風呂は湯が沸くまで時間がかかりましたが、保温性が良く、体の芯までよく温まる風呂でした。


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  1. 2021/07/24(土) 17:50:01|
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霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町

田の神さぁを探して、都城市吉之元町にある霧島金剛院明観寺跡公園へやって来ました。
不思議な公園です。
東京2020オリンピックマスコットがあります。
どこで購入したのでしょうか?いや作成したようです。
チコちゃんもいます。キョエもいますね。

霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町
hiroの部屋 霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町


霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町
hiroの部屋 霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町

「きりしま山麓の郷 百姓の館」の看板があります。
中を覗いてみました。

霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町
hiroの部屋 霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町

古い農機具等が置いてあります。

霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町
hiroの部屋 霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町

自在鉤です。

霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町
hiroの部屋 霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町

蓑、蓑笠、菅笠です。
蓑は、シュロの木の皮で作ってあるのかな?

霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町
hiroの部屋 霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町


霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町
hiroの部屋 霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町

足踏脱穀機です。
脱穀機に
最新特優型 低音 文明式旭光号 文明農機株式会社

霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町
hiroの部屋 霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町

水車もあります。

霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町
hiroの部屋 霧島金剛院明観寺跡公園 都城市吉之元町

階段を上った先に田の神様が祀られています。


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  1. 2021/07/07(水) 18:00:00|
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都城島津邸(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

先週の日曜日「都城島津邸」に行って来ました。
田の神様の情報収集に都城歴史資料館に行ったのですが。5月31日(月曜日)から7月2日(金曜日)まで展示品入れ替えのため臨時休館になっていました。
都城市内の他の資料館は・・・都城島津邸があります。
都城島津邸で情報収集することにします。

駐車場広いですね。
一般用:45台、障がい者用:3台、大型用:5台
観覧料:本宅/小学生以上110円 都城島津伝承館/一般220円

冠木門(かぶきもん)から入ります。

都城島津邸 冠木門(かぶきもん) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 冠木門(かぶきもん) 都城市早鈴町

冠木門の先に石風呂があります。

都城島津邸 石風呂 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 石風呂 都城市早鈴町

これは大きな石をくり抜いて作られた風呂です。
石風呂の下の穴の部分に「つぶろ(鉄の釜)を横に倒した状態で差込み「つぶろ」の中で火を焚き、石風呂の中の水を温めて入りました。
石風呂と「つぶろ」の隙間から水が漏れないように布などを詰め込みました。石風呂は湯が沸くまで時間がかかりましたが、保温性が良く、体の芯までよく温まる風呂でした。

石風呂の隣には、手水鉢(ちょうずばち)があります。

都城島津邸 手水鉢(ちょうずばち) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 手水鉢(ちょうずばち) 都城市早鈴町

これは大きな石をくり抜いて作られた手水鉢です。手水鉢とは、手を洗ったり口をすすぐための水を入れておく器のことです。
 一般の家ではトイレの前に置かれていることが多く、木や陶器、石で作られ、それほど大きなものではありません。
 これらは大型で、神社・仏閣等に置かれているものと似ています。もともと手水鉢は、神社・仏閣を参拝するにあたり、手や口など、身を清めるために置かれたものでした。

厩(うまや)農芸館です。
昭和27年の建築です。馬小屋として利用されていました。

都城島津邸 厩(うまや)農芸館 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 厩(うまや)農芸館 都城市早鈴町

一階には、センバコキ、脱穀機・・・田の神様もいらっしゃいます。

都城島津邸 厩(うまや)農芸館 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 厩(うまや)農芸館 都城市早鈴町

二階には、糸車、消火用の水鉄砲、ザル、クサビ等が展示してあります。

都城島津邸 厩(うまや)農芸館 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 厩(うまや)農芸館 都城市早鈴町


都城島津邸 厩(うまや)農芸館 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 厩(うまや)農芸館 都城市早鈴町


ここから、国登録有形文化財になります。

剣道場(国登録有形文化財)です。

都城島津邸 剣道場(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 剣道場(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

登録有形文化財(建造物)
登録年月日:2008年4月18日
木造平屋建、瓦葺、建築面積56㎡

都城島津邸 剣道場(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 剣道場(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

慶応3年(1867年)築と伝えられ、明治12年に島津邸内に移築されたといわれています。
床が低く、釘を上から打たない方法で造られているそうです。

都城島津邸 剣道場(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 剣道場(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

桁行8.0m梁間7.0m規模で、切妻造(きりづまづくり)桟瓦葺(さんがわらぶき)の木造平屋建です。屋根南面を葺き降ろして出入口前面を覆っています。外壁簓子(ささらこ)下見板張の簡素な建物ですが、旧藩主の近代における修養と教育思想の一面を物語る遺構として貴重です。

切妻造(きりづまづくり):屋根形状のひとつで屋根の最頂部の棟から地上に向かって二つの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした屋根です。
桟瓦葺(さんがわらぶき):本瓦葺きの弱点である重量対策として、平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用した屋根の葺き方です。
簓子(ささらこ)下見板張:下見板と言われる平板を重ね張りし、その断面に合わせて切込を入れた簓子(ささらこ)という木材で固定します。

石蔵(国登録有形文化財)です。

都城島津邸 石蔵(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 石蔵(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

登録有形文化財(建造物)
登録年月日:2008年4月18日
石造平屋建、瓦葺、建築面積83㎡

昭和5年(1930年)築の米蔵で、後は農機具を収納していたそうです。

都城島津邸 石蔵(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 石蔵(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

桁行11m梁間7.5mで、切妻造(きりづまづくり)桟瓦葺(さんがわらぶき)の石造平屋建です。南面に下屋(げや)を付けています。鉄筋コンクリート造の基礎と臥梁(がりょう)の間に切石を12段に積んで外周壁を構築し、石表面の加工が微妙な陰影を現出させています。

切妻造(きりづまづくり):屋根形状のひとつで屋根の最頂部の棟から地上に向かって二つの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした屋根です。
桟瓦葺(さんがわらぶき):本瓦葺きの弱点である重量対策として、平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用した屋根の葺き方です。
下屋(げや):母屋(おもや)にさしかけて造った小屋根です。
臥梁(がりょう):各階の壁体頂部を連続的にかためる鉄筋コンクリート製の梁 (はり)

御門(ごもん)(国登録有形文化財)です。

登録有形文化財(建造物)
登録年月日:2008年4月18日
木造、瓦葺、間口3.4m、両袖塀付

昭和10年(1935年)の陸軍大演習時に新築されたそうです。
都城島津家の家紋入り軒瓦を使用しています。

都城島津邸 御門(ごもん)(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 御門(ごもん)(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

切妻造(きりづまづくり)桟瓦葺(さんがわらぶき)です。間口3.4m、1間1戸の腕木門(うでぎもん)で、28cm角の本柱の背後に控柱(ひかえばしら)を建て、2本の貫(ぬき)と斜材(しゃざい)とで固定しています。左右に袖塀(そでべい)を従え、西袖塀に潜戸(くぐりど)を開けています。全体に木太く簡明なつくりが特徴的です。

切妻造(きりづまづくり):屋根形状のひとつで屋根の最頂部の棟から地上に向かって二つの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした屋根です。
桟瓦葺(さんがわらぶき):本瓦葺きの弱点である重量対策として、平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用した屋根の葺き方です。
控柱(ひかえばしら):壁・塀や柱などが傾いたり倒れたりするのを防ぐために、添えて立てる支柱です。
貫(ぬき):木造建築で柱等の垂直材間に通す水平材です。
斜材(しゃざい):鉛直面内で斜めに配置される構造部材です。
袖塀(そでべい):門の両側にある低い塀です。
潜戸(くぐりど):門の扉などに設けた、くぐって出入りする小さい戸口です。

都城島津伝承館です。

都城島津伝承館は、都城島津家史料を中心とした、都城島津家および島津本家関連の史料の収蔵展示施設です。

都城島津伝承館 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津伝承館 都城市早鈴町


都城島津伝承館 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津伝承館 都城市早鈴町

観覧料110円+220円の支払いです。
都城島津の家紋は、○と十がくっついていません。

都城島津伝承館 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津伝承館 都城市早鈴町

とても分かりやすいパンフレットです。

都城島津伝承館 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津伝承館 都城市早鈴町


都城島津伝承館 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津伝承館 都城市早鈴町

今日の目的は、この「都城市の文化財」の本の購入です。
田の神も掲載されています。
しかし、知りたかった情報は書かれていませんでした。
残念

都城島津伝承館 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津伝承館 都城市早鈴町

外蔵(国登録有形文化財)です。

都城島津邸 外蔵(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 外蔵(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

登録有形文化財(建造物)
登録年月日:2008年4月18日
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積48㎡

都城島津邸 外蔵(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 外蔵(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

桁行8.0m梁間5.4mで、比較的規模の大きな切妻造(きりづまづくり)桟瓦葺(さんがわらぶき)の2階建土蔵です。東面に下屋(げや)を差し掛け、南方を物置、北方を吹放ちの蔵前としています。基礎に切石を4段に積んだ重厚なつくりに特徴があります。

切妻造(きりづまづくり):屋根形状のひとつで屋根の最頂部の棟から地上に向かって二つの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした屋根です。
桟瓦葺(さんがわらぶき):本瓦葺きの弱点である重量対策として、平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用した屋根の葺き方です。
下屋(げや):母屋(おもや)にさしかけて造った小屋根です。

主屋(国登録有形文化財)です。

都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

都城島津邸は、一時鹿児島に移っていた都城島津家26代当主の島津久寛(ひさひろ)の時に建てられました。昭和10年(1935年)の陸軍大演習が都城で行われた際に、閑院宮載仁親王(かんいんのみや ことひとしんのう)の宿泊に備えて、大きく改築をしました。また、昭和27〜28年に2階建て部分を増築しています。

昭和48年(1973年)の全国植樹祭に宮崎県小林市を訪れた昭和天皇皇后両陛下の宿泊に備え、昭和47年に改築が行われ、現在の形になりました。
両陛下が宿泊された部屋や浴室、休憩室やご使用になった道具類が保存されています。

昭和天皇皇后両陛下が食事をされた部屋です。

都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町


都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町


都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

登録有形文化財(建造物)
登録年月日:2008年4月18日
木造平屋建、瓦葺、建築面積315㎡

都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

西面する南北棟、段違入母屋造の玄関棟から東へ入母屋造(いりもやづくり)の座敷棟を延ばしています。玄関から続く3室続きの座敷と、廊下を介してL形3室続きの座敷を並べるのが特徴的です。設計施工は大林組で、担当は松本儀八です。

入母屋造(いりもやづくり):屋根の上部が切妻造りの形式で、その下部が寄棟造になった形式の屋根のことです。

都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 主屋(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

離れ(国登録有形文化財)です。

都城島津邸 離れ(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 離れ(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

登録有形文化財(建造物)
登録年月日:2008年4月18日
木造2階建、瓦葺、建築面積108㎡

両陛下が宿泊された寝室です。

都城島津邸 離れ(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 離れ(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

当主の母堂の住居として主屋の東に接続して建設されました。南北棟の入母屋造(いりもやづくり)桟瓦葺(さんがわらぶき)、木造2階建で、1階は南面する入側(いりがわ)縁に沿って6畳とトコ付4畳半の続き座敷を並べ、2階には書斎と寝室を配しています。外壁の主体部は簓子(ささらこ)下見板張、窓は跳高欄(はねこうらん)の手摺付肘掛窓になっています。

入母屋造(いりもやづくり):屋根の上部が切妻造りの形式で、その下部が寄棟造になった形式の屋根のことです。
桟瓦葺(さんがわらぶき):本瓦葺きの弱点である重量対策として、平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用した屋根の葺き方です。
入側(いりがわ):濡れ縁と座敷の間にある1間 (けん) 幅の通路のことです。
簓子(ささらこ)下見板張:下見板と言われる平板を重ね張りし、その断面に合わせて切込を入れた簓子(ささらこ)という木材で固定します。
跳高欄(はねこうらん):四隅が跳ね上がった. 形の手すりです。

都城島津邸 離れ(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 離れ(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

非常階段の螺旋階段も増設されました。

都城島津邸 離れ(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 離れ(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

内蔵(国登録有形文化財)です。

都城島津邸 内蔵(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 内蔵(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

登録有形文化財(建造物)
登録年月日:2008年4月18日
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積35㎡

桁行6.0m梁間4.0m規模で、切妻造(きりづまづくり)桟瓦葺(さんがわらぶき)の2階建土蔵です。南面中央を戸口として両開鉄製扉を吊り、1階北面及び2階両妻面に鉄扉付窓を開け、庇(ひさし)を付けています。蔵前から西面にかけて廊下をまわし、主屋と連絡しています。

切妻造(きりづまづくり):屋根形状のひとつで屋根の最頂部の棟から地上に向かって二つの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした屋根です。
桟瓦葺(さんがわらぶき):本瓦葺きの弱点である重量対策として、平瓦と丸瓦を一体化させた波型の桟瓦を使用した屋根の葺き方です。

(やしろ)(国登録有形文化財)です。

都城島津邸 社(やしろ)(国登録有形文化財) 都城市早鈴町
hiroの部屋 都城島津邸 社(やしろ)(国登録有形文化財) 都城市早鈴町

登録有形文化財(建造物)
登録年月日:2008年4月18日
木造平屋建、銅板葺、建築面積7.5㎡

桁行2.7m梁間2.7m規模で、東西棟、切妻造(きりづまづくり)銅板葺、平入(ひらいり)の社殿です。正・側面に切目縁(きりめえん)をまわして正面に5段の木階を設けています。棟は扠首(さす)で支持し、棟に千木(ちぎ)を突き出し、勝男木(かつおぎ)を載せて神明造風に見せています。

切妻造(きりづまづくり):屋根形状のひとつで屋根の最頂部の棟から地上に向かって二つの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした屋根です。
平入(ひらいり):屋根の流れ方向(平方向)に入口のある建物のことです。妻側に入口のある建物を「妻入り」と言います。
切目縁(きりめえん):縁板を敷居と直角方向に張った縁です。
扠首(さす):切妻屋根の両端に、それぞれ棟木 (むなぎ) を受けるために合掌形に組む材のことです。
千木(ちぎ):神社の建物の屋根に付いてるV字型の出っ張りのことです。
勝男木(かつおぎ):神社の棟の上に横に並べた木のことです。


都城島津邸
〒885-0055 宮崎県都城市早鈴町18-5
電話:0986-23-2116 ファクス:0986-36-4019
開館時間:9時00から17時00分(入館は16時30分まで)
休館日:月曜日(月曜祝日の場合はその翌日)


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都城市山之口町 島津寒天工場跡

都城市山之口町の「島津寒天工場跡」へやって来ました。

hiroの部屋 島津寒天工場跡


島津寒天工場跡
所在地 山之口町大字山之口1640番地
■窯径=130cm 高さ=180cm
幕末(文化文政)の頃、島津藩の財政は非常に困窮していました。時の家老、調所笑衛門広郷(ずしょしょうざえもんひろさと)は指宿の豪商、浜崎太平次(はまさきたへいじ)と計り財政再建策としてこの地に寒天製造工場を設けました。最盛期は、三世太平次が支配人に任じられた安政元年(1854年)から明治4年(1871年)ごろまでであったと思われます。この地を選んだのは寒天製造に適した自然条件を兼ね備えていた事、幕府役人の目から逃れるためでもあったと思われます。
原料のテングサは、甑島(こしきじま)を中心に薩摩西海岸から運ばれ、製品は馬で福山港に運び、さらに大阪、長崎に運ばれて中国(清)、ロシア等に密輸されたようです。
また、監督者や技術者等は鹿児島から派遣され、西目地方(指宿・伊集院・伊作など)からの出稼ぎ者約80名、地元採用者約50名を合わせた従業員数は約120~130名程であったといわれます。
現在、9基の釜跡を見ることができます。

山之口町教育委員会
山之口町ふるさとの伝統文化掘り起こし事業
宮崎県「神話・伝説の道」周遊環境整備事業



hiroの部屋 島津寒天工場跡



hiroの部屋 島津寒天工場跡


ロシアまで密輸していたんですね




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MPVを快適に! ゴリラを快適に!

  1. 2007/12/08(土) 18:30:59|
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