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みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市

白鳥神社の紅葉は終わっていました。
拝殿の右奥に行ってみます。

白鳥第御神木 家族杉です。

みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市
hiroの部屋 みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市

立札があります。

 当社御神木(夫婦杉)倒木の御奉告
 当社を五百年近く見守ってきた夫婦杉の一本が、台風十四号の強風を受け一か月弱持ちこたえておりましたが、本年十月十一日に倒木いたしました。
 参拝者からも御神木としてよくお参りくださっており無念でありますが、茲に御奉告申し上げます。
 恐れ入りますが、御神木近くへの立ち寄りはご遠慮くださいますようお願いいたします。
 白鳥神社社務所

みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市
hiroの部屋 みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市


みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市
hiroの部屋 みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市


みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市
hiroの部屋 みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市


みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市
hiroの部屋 みやざきの巨樹 樹齢500年白鳥夫婦杉倒木 白鳥神社 えびの市

2009/11/03(火) 撮影

hiroの部屋 巨樹 白鳥夫婦杉 白鳥神社 えびの市


東大寺大仏殿 虹梁(梁木)白鳥巨松の由来
 東大寺大仏殿の大屋根八十万6千貫(3020トン)を支えている大虹梁は、元禄十六年(1703)この白鳥神社境内より伐出された二本の赤松です。
 いずれも樹齢は二千年を超えるものです。
 一本目は長さ十三間(約24m)、元口四尺三寸(約1.3m)、末口三尺三寸七分五厘(約1m)、重さ六一八三貫(23.2トン)あり、樵夫(きこり)九十人の手により四日間かかり伐出されました。
 二本目は長さ十三貫(約24m)、元口四尺一寸(約1.2m)、末口三尺七分五厘(約90cm)、重さ五四三五貫(20.4トン )あり、百人の人手が、三日間費やされました。
 代金は一本二千両。
 山出しの際は傷がつかないよう両端には金輪がはめられ、霧島山中から薩摩湾岸の国分新川口に至る二五里(98.2 km)を一日八百六十人の人夫と牛四十頭の号力によって運び出されました。
 到着するまでには百十五日の歳月を要し、その間には命を失うもの、怪我をしたものは数しれなかったらしい。
 国分新川口からは千石船に積み替えられ、鹿児島湾、日向細島港さらに豊予海峡の急灘を乗り越え瀬戸内海に入り、兵庫港に着き、大阪伝法川口を経て、また淀川をのぼり、木津川から奈良坂を越えて、ようやく無事に大仏殿に到着しました。
 延々八百五十里(3,338 km)に及ぶ大運搬でした。
 宝禄六年(1709)東大寺大仏殿の落成供経も盛大に行われましたが、白鳥巨松は、後の大改修を経ながらも大虹梁として今なお東大寺際仏殿を支え続けています。


東大寺大仏殿虹梁
 東大寺の大仏殿の屋根を支える2本の虹梁(こうりょう)は、それぞれ長さ23.5mのアカマツが使われており、1704年(宝永元年)、日向国の白鳥神社から大和国の東大寺まで延べ10数万人が参加し9ヶ月をかけて運搬されました。

経緯
 東大寺大仏殿の虹梁は、柱の間隔7.7m(2丈5尺4寸)の3倍すなわち23.1mの長さを持ち、3020トンの屋根を支える必要があることから、長さ23.6m(13間)、直径1m(3尺)で強度があり耐久性の高いアカマツが求められました。公慶は様々な手を尽くしてこの条件に見合うアカマツの大木を探していましたが見つからない状態が続いていました。
 1702年(元禄15年)になって日向国小林(小林市)に住む園田清右衛門が霧島山山腹の白鳥神社境内に2本のアカマツの大木があることを見いだし、薩摩藩と奈良奉行を通して公慶に報告しました。公慶は早速現地に検分に訪れました。大木は高さ54m(18丈)あり、曲がりも虫食いもない良材であることが確認され虹梁として採用されることになりました。

掘り倒し
 切り倒すと裂ける恐れがあることから、根の周囲を掘って倒す方法が採られることになりました。
 1703年(元禄16年)9月19日にまず1本目の掘削が始められました。90人が作業にあたり9月22日に掘り倒されました。
 9月23日から2本目の掘削が始められ、こちらも100人がかりで9月25日に掘り倒されました。
 倒された大木からそれぞれ虹梁材が切り出され、衝撃で裂けないよう両端に金属の輪がはめられました。
 1本目は長さ23.6m(13間)、元口1.3m(4尺3寸)、末口1.0m(3尺3寸7分5厘)、重量23.2トン(6183貫)、
 2本目は長さ23.6m(13間)、元口1.2m(4尺1寸)、末口1.1m(3尺7寸5分)、重量20.4トン(5435貫)でした。

運搬
 白鳥神社から海岸までは起伏のある道を66km(16里半)運搬する必要がありました。
 運搬には丸太を樋の形に組んだスラと呼ばれる誘導路や、木馬(きんま)と呼ばれるソリが使われたと考えられています。
 2本の虹梁材は1704年(宝永元年)1月7日に白鳥神社を出発し、尾八重野(えびの市)、加久藤(えびの市)、吉松(湧水町)、牛の瀬戸(湧水町栗野)、横川(霧島市)、鳥越(霧島市隼人)を経て新川口(天降川河口)まで運ばれました。
 途中様々な場所で迂回する必要があり、結局90km(23里)の行程となりました。
 薩摩藩の山奉行が指揮を執り、延べ10万人が参加し牛4000頭を使って115日をかけ5月4日にようやく新川口に到着しました。

 2本の虹梁材は新川口に隣接する浜之市(隼人港)で筏に組まれ、鹿児島湾を6艘の船に引かれ3日間をかけて鹿児島津(鹿児島港)に到着しました。
 鹿児島から畿内までの航路には波の荒い日向灘や玄界灘が控えており、筏のままでは強度が不足するため船に乗せる必要がありました。しかしながら当時はこのような大木を船に乗せる技術がなく、商人たちは輸送を躊躇する状況でした。
 このような中、志布志の商人山下弥五郎が観音様のお告げを受けたとして、米を運ぶのと同じ運賃で畿内までの輸送を買って出ることになりました。
 弥五郎は2本の大木を船に乗せるために船を沈める方法を用いました。
 6月11日に船底の栓を抜いて船を沈め、翌12日の満潮時に2本の虹梁材を船の上に配置しました。
 干潮になるのを待って船底の栓を戻し、船の中から水をくみ出すことで虹梁材の積載に成功しました。
 この方法は弥五郎の娘が夢で観音様から教えられたとされています。

 2本の虹梁材と24名の乗組員を乗せた観音丸は6月20日に鹿児島津を発ち、翌21日、山川港に立ち寄りました。
 南風を待って7月5日深夜に出港し、7月12日、兵庫津(神戸港)に到着しました。
 虹梁材を船から降ろす際にも船を沈める方法が用いられています。
 兵庫津から4艘の船に引かれて7月16日に大阪の伝法川河口に到着しました。
 大阪からは船で虹梁材を挟み、淀川と木津川をさかのぼりました。
 延べ4625人が川岸から綱で船を引く作業に参加し、8月10日、木津(木津川市)に到着しました。

 8月19日、木津でそれぞれ2基の台車に乗せられ、東大寺までは市坂(木津川市)と奈良阪(奈良市)を越える陸路を人手によって運搬されました。
 虹梁材を引く作業には延べ1万7千人が参加し、周辺には数万の見物人が集まりました。
 運搬の様子は「大仏殿虹梁木曳図」(明誉古磵筆、東大寺蔵)に描かれています。
 1本目は9月2日、2本目は9月5日に東大寺に搬入されました。

その後
 大仏殿への取り付けは1705年(宝永2年)3月13日と3月18日に行われ、4月10日に上棟式が執り行われました。
 大仏殿は1709年(宝永6年)に完成し3月21日に落慶供養が行われましたが、公慶は1705年(宝永2年)に亡くなっており完成を見ることはありませんでした。
 1905年(明治38年)から1911年(明治44年)にかけての修繕作業において虹梁が約50cm曲がっていることがわかり鉄骨で補強されています。
 1979年(昭和54年)、九州自動車道の工事に際して行われた宮崎県えびの市の前畑遺跡の調査において、16世紀の陶磁器片とともに大木を引いた経路と見られる遺構が発見されました。
 遺構は幅1.8-2.0mで長さは発掘範囲全体の50mにわたって東西に延びており、発掘範囲の両側へ続いていると考えられています。
 深さ10-20cmで幅20-40cmの窪みが20-30cmの間隔で繰り返される枕木の跡のような形状を呈しています。
 当初は利用目的がわかりませんでしたが、同時期に鹿児島県栗野町(湧水町)の山崎遺跡でも同様の遺構が見つかっていて、いずれも確証はありませんが虹梁材の運搬に用いられたものと考えられています。



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  1. 2022/12/07(水) 13:27:32|
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荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市

京町温泉駅から歩いて3分のところに、荒神堂とタブノキがあります。
京町温泉駅駐車場に車を停め「荒神堂とタブノキ」を撮影に。現地に駐車場はありません。

荒神堂(こうじんどう)とタブノキ KOUJINDOU&TABUNOKI
 荒神堂の由来等は不明ですが、京町では「荒神様のおかげで、昔から京町は火災が少ない。
 もし火災が起きても大火にならず、その被害が少ないのは荒神様のおかげだ」と地区民の厚い信仰を受けてきました。
 祭神は三宝荒神(さんぽうこうじん)で俗にいう荒神様です。
 三宝とは、仏・法・僧を指します。

荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市
hiroの部屋 荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市

 荒神の名の付く神様は何種類かありますが、三宝荒神が基本となります。
 激しく祟(たた)りやすい性格を持つところから荒神と呼ばれるようになりました。
 そして不浄を嫌うことから火の神に当てられ、竈(かまど)の神様とされました。

荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市
hiroの部屋 荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市

 荒神堂の境内には、七福神の一員である恵比寿様(左手に竿、右手に大きな鯛を抱えている恵比寿は葦船に乗せられてきた蛭子(ひるこ)神とされている)を祀る恵比寿堂と八供養菩薩碑もあります。

荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市
hiroの部屋 荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市

 また、市指定の天然記念物に指定されたタブの大樹は、推定500年以上といわれています。
 このタブは、大樹、巨樹、老樹というだけではなく、西南の役の兵火の際、樹木の中身がほとんど焼失しいるのに、外皮だけで繁茂している歴史を秘めた貴重な大樹です。
 えびの市観光協会

荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市
hiroの部屋 荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市

天然記念物 荒神堂タブ大樹
 推定樹齢五百年と言われ、目通りまわり6.1m、根元まわり9.4m、樹高9mのタブノキの大樹。
 このタブノキは、大樹、巨樹、老樹ということばかりではなく、火災により、樹木の中身がほとんど焼失しているにもかかわらず外皮だけで繁茂するなど歴史を秘めた貴重な大樹である。
    市指定年月日・昭和49年1月24日

荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市
hiroの部屋 荒神堂とタブノキ 宮崎県えびの市

町中を歩いていて気付いたのですが、商店街でシャッターが閉まっているお店はありますが、一軒家で空き家になっている家が多いですね。


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  1. 2022/11/03(木) 10:00:00|
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宮崎の巨樹 綾町指定文化財 樹齢300年綾神社クスノキ 宮崎県綾町

宮崎県綾町にある綾神社境内に、綾町指定文化財の樹齢300年のクスノキがあります。

宮崎の巨樹 綾町指定文化財 樹齢300年綾神社クスノキ 宮崎県綾町
hiroの部屋 宮崎の巨樹 綾町指定文化財 樹齢300年綾神社クスノキ 宮崎県綾町


案内板には、

綾神社クスノキ
昭和55年10月1日町指定文化財
天和元年(1681年)旧棟札によれば、綾神社は貞享年間以前は、宮谷(字五ケ所)に鎮座してあったのを故あって現在地に遷宮されたのが天和元年(1681年)と記されているので、樹齢もその時植えられたものと推測されるのでおよそ300年と思われる。
樹齢 300年
樹高 19m
目通幹回 6m

宮崎の巨樹 綾町指定文化財 樹齢300年綾神社クスノキ 宮崎県綾町
hiroの部屋 宮崎の巨樹 綾町指定文化財 樹齢300年綾神社クスノキ 宮崎県綾町


宮崎の巨樹 綾町指定文化財 樹齢300年綾神社クスノキ 宮崎県綾町
hiroの部屋 宮崎の巨樹 綾町指定文化財 樹齢300年綾神社クスノキ 宮崎県綾町


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  1. 2022/03/13(日) 12:05:03|
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みやざきの巨樹 町指定天然記念物 稲荷のクスノキ 東諸県郡国富町本庄

東諸県郡国富町本庄にある本庄剣柄(けんのつか)稲荷神社の境内に、稲荷のクスノキが立っています。

「剣塚」と書いてある石碑が立っています。
その右手には「古墳第38号墳(宮崎県)」と書かれた石碑が立っています。

みやざきの巨樹 町指定天然記念物 稲荷のクスノキ 東諸県郡国富町本庄
hiroの部屋 みやざきの巨樹 町指定天然記念物 稲荷のクスノキ 東諸県郡国富町本庄

町指定天然記念物
稲荷のクスノキ
本庄古墳群第38号墳の上にそびえ立つこの木は、推定樹齢は700年から1000年になるとも言われており、また生育状態も良好で、天然木としての姿をよく維持している点では県内有数のクスノキといえます。
幹円は8.1m
樹高は約30m
に達し、宮崎県内のクスノキでは11番目に大きい木です。

国富町教育委員会

みやざきの巨樹 町指定天然記念物 稲荷のクスノキ 東諸県郡国富町本庄
hiroの部屋 みやざきの巨樹 町指定天然記念物 稲荷のクスノキ 東諸県郡国富町本庄


みやざきの巨樹 町指定天然記念物 稲荷のクスノキ 東諸県郡国富町本庄
hiroの部屋 みやざきの巨樹 町指定天然記念物 稲荷のクスノキ 東諸県郡国富町本庄


みやざきの巨樹 町指定天然記念物 稲荷のクスノキ 東諸県郡国富町本庄
hiroの部屋 みやざきの巨樹 町指定天然記念物 稲荷のクスノキ 東諸県郡国富町本庄


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  1. 2021/12/14(火) 20:36:27|
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みやざきの新巨樹100選 山田のイチョウ 都城市山田町山田石風呂

石風呂の案内板があります。
大イチョウとモミの木が案内されています。

みやざきの新巨樹100選 山田のイチョウ 都城市山田町山田石風呂
hiroの部屋 みやざきの新巨樹100選 石風呂の大イチョウ 都城市山田町山田石風呂

県指定天然記念物
山田のイチョウ
指定年月日 昭和14年1月27日
 樹高は約47m、幹の周り約8mで、樹齢は700年と推定されている。雌木のイチョウで、2本の大きな乳垂をつけ、幹上部にはネズミモチやナンテンの若木を寄生させている。
 藩主に従い出陣した武士が負傷し、ついて持ち帰った杖を畑に挿したところ、いつの頃か根付いたという言い伝えがある。
平成27年8月
都城市教育委員会

みやざきの新巨樹100選 山田のイチョウ 都城市山田町山田石風呂
hiroの部屋 みやざきの新巨樹100選 石風呂の大イチョウ 都城市山田町山田石風呂


みやざきの新巨樹100選 山田のイチョウ 都城市山田町山田石風呂
hiroの部屋 みやざきの新巨樹100選 石風呂の大イチョウ 都城市山田町山田石風呂


みやざきの新巨樹100選 山田のイチョウ 都城市山田町山田石風呂
hiroの部屋 みやざきの新巨樹100選 石風呂の大イチョウ 都城市山田町山田石風呂

紅葉している時に来たいですね。

駐車場はありません。


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  1. 2021/07/24(土) 17:55:02|
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みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社

児湯郡高鍋町舞鶴神社の右奥に、みやざきの新巨樹100選の「高鍋のクス」があります。

国指定天然記念物 高鍋大楠
昭和26年(1951年)6月9日に指定されています。
県内では珍しい古木で、旧八幡神社の神木でした。
明治以降、宮崎県山林会指定の老樹名木となっていたもので、樹齢は500年を超えると言われています。
高さ16m、根回り13m、目通り幹回10m余りです。
地上約2mの高さから、南北の二支幹に分かれています。
枝張りは東西20m、南北に28mあります。
昭和20年終戦直後の台風により幹や枝を損傷し年々老衰が目立つようになったものの、依然として古木の風格を保っています。

みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社
hiroの部屋 みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社

平成19年(2007年)8月の台風5号により二枝に分かれていた南方向の枝(最大直径約2m、長さ約12m)が折れてしまい、樹木本来のバランスを大きく崩す結果となり、現在はワイヤーにより牽引されています。

みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社
hiroの部屋 みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社

道路側から見た方が、大きさがよく分かります。

みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社
hiroの部屋 みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社


みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社
hiroの部屋 みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社

今にも、道路に倒れて来そうです。

みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社
hiroの部屋 みやざきの新巨樹100選 高鍋のクス 児湯郡高鍋町舞鶴神社

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  1. 2020/12/12(土) 13:45:32|
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みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾

県指定天然記念物
松尾のイチョウ
指定年月日 昭和44年2月28日
樹高 31.2m
根回り 4.98m

みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾
hiroの部屋 みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾

イチョウはイチョウ科の落葉樹で雌雄異株であるが、このイチョウは雌株である。

みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾
hiroの部屋 みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾

このイチョウの特徴は、大小さまざまな乳垂が数多く見られることで、学術上貴重なものである。又樹齢は約700年と伝えられている。なお、ここは椎葉山松尾村の庄屋跡としても広く知られ、イチョウとともに本村の名所の一つとなっている。
昭和55年11月28日 椎葉村教育委員会

みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾
hiroの部屋 みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾

幹から乳が垂れたように見える気根が見えます。

みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾
hiroの部屋 みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾

サルノコシカケが見えます。
被害が出る前に取った方が良いのでは。

サルノコシカケの被害
サルノコシカケ科に所属する菌に限ったことではありませんが、木材腐朽菌としての被害は決して小さくありません。
造林・園芸分野での樹木の被害は、従来からよく知られています。
また、寺院や神社などにおける古木・銘木の倒伏にも、しばしばサルノコシカケ科の菌が関与しています。

みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾
hiroの部屋 みやざきの巨樹百選 松尾の大イチョウ 椎葉村松尾

ここに来るには、案内板が頼りです。
カーナビには道路は出てきません。
Googleには道路が表示されます。

1992年宮崎県が刊行した「巨樹100選」に松尾のイチョウは記載されていますが、2019年の「みやざき新巨樹100選」には記載がないようです。


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  1. 2020/06/14(日) 13:11:58|
  2.  ┣ 椎葉村の巨樹|
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みやざきの巨樹百選 清武の大クス 宮崎市清武町

国指定天然記念物「清武の大クス」
指定年月日 昭和26年6月9日

みやざきの巨樹百選 清武の大クス 宮崎市清武町
hiroの部屋 みやざきの巨樹百選 清武の大クス 宮崎市清武町

この大楠は、別名「八幡楠」とも呼ばれ船引神社の神木として人々に親しめられてきました。
根回りは18mもあって、枝は四方に30m以上の広がりをもっています。

みやざきの巨樹百選 清武の大クス 宮崎市清武
hiroの部屋 みやざきの巨樹百選 清武の大クス 宮崎市清武町

幹の内部は大きな空洞になっていて、大人数人がゆっくりくつろげる広さであることからも、並大抵の樹齢ではないことを差し量ることができます。

みやざきの巨樹百選 清武の大クス 宮崎市清武
hiroの部屋 みやざきの巨樹百選 清武の大クス 宮崎市清武町


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  1. 2015/05/05(火) 21:50:32|
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南薩一の大楠 願掛け御神木 日置市吹上町中原

県道270号線日置市吹上町中原の宮内交差点から少し入った所に、神代の昔,瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)がしばらく宮居された所であるとの伝説が残る「大汝牟遅神社」があります。

南薩一の大楠 願掛け御神木 日置市吹上町中原
hiroの部屋 南薩一の大楠 願掛け御神木 日置市吹上町中原

境内に願掛け御神木「南薩一の大楠」があります。

南薩一の大楠 願掛け御神木 日置市吹上町中原
hiroの部屋 南薩一の大楠 願掛け御神木 日置市吹上町中原

案内板には,「樹齢千年以上,平安朝時代、幹廻りは約14メートル,先ず心に願いごとを強く念じ,この御神木をやさしく三回撫でながら願いごとを唱えてください。また,自分の身体の悪い所も,その手で撫でてくだい。」と書かれています。

南薩一の大楠 願掛け御神木 日置市吹上町中原
hiroの部屋 南薩一の大楠 願掛け御神木 日置市吹上町中原


南薩一の大楠 願掛け御神木 日置市吹上町中原
hiroの部屋 南薩一の大楠 願掛け御神木 日置市吹上町中原

すぐ近くに、「千本楠」があります。
20数株の大楠の森です。


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  1. 2013/06/22(土) 14:53:41|
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千本楠 鹿児島県日置市吹上町

県道270号線日置市吹上町中原の宮内交差点から少し入った「大汝牟遅神社」を右に入った所に、「千本楠」があります。

千本楠 鹿児島県日置市吹上町
hiroの部屋 千本楠 鹿児島県日置市吹上町

20数株の大楠の森です。

千本楠 鹿児島県日置市吹上町
hiroの部屋 千本楠 鹿児島県日置市吹上町

その樹齢は800年以上と推定されています。

千本楠 鹿児島県日置市吹上町
hiroの部屋 千本楠 鹿児島県日置市吹上町

神話に大汝牟遅命下向のときに楠の杖をさしたところ、これが根づいて大木になったと伝えられています。

千本楠 鹿児島県日置市吹上町
hiroの部屋 千本楠 鹿児島県日置市吹上町

詩人野口雨情は、この楠の様子を見て「伊作八幡千本楠は横へ横へと寝てのびる」と詠んでいます。


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  1. 2013/03/09(土) 13:36:53|
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