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日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市

 出水麓武家屋敷群は、約400年前の町の面影を残す、薩摩藩最大の武家屋敷群で、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市
hiroの部屋 日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市


 今でも碁盤の目のように整然と区切られた道路、川石を積み上げた美しい丸石の石垣や緑の生垣、幾多の風雪にも耐えてきた風格のある武家門などが400年前からほとんど変わっていません。


 奥に見えるのは的です。
 天井が一段高く造ってあり、家の中で弓矢の練習をするためだそうです。

日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市
hiroの部屋 日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市


そこから垣間見える武家屋敷の佇まいは、江戸時代の武家集落の面影を残しています。


 囲炉裏の横にあるのは、敵が来た時に隠れる穴です。
 床下に隠れるようになっています。
 こんな仕掛けは初めて見ました。

日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市
hiroの部屋 日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市


 江戸時代、島津藩は鹿児島市内にある鶴丸城を本城としていました。


 屋根裏部屋です。
 部屋の中から見ても分かりません。

日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市
hiroの部屋 日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市


 第17代藩主島津義弘が、肥後に対する守りを強化するために「外城(とじょう)」と呼ばれる行政区画(薩摩藩の地方統治制度)を設けました。

日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市
hiroの部屋 日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市


政務や地方警護を担う武士の住居と陣地を兼ねた外城における統治の中心地は麓(ふもと)と呼ばれ、藩内には113か所存在したと言われています。

日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市
hiroの部屋 日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市


 その中でも肥後国(現在の熊本県)との境に近く、防衛上重要な場所であった出水麓の「外城」は、藩内で最初に築かれ、60haにも及ぶ最大規模の外城(そのうち重要伝統的建造物群保存地区は約44ha)です。

日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市
hiroの部屋 日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市


 出水麓は数多くの薩摩藩士を郷士として住み着かせた麓の1つで、出水城の麓の丘陵地帯を整地して形成したものです。

日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市
hiroの部屋 日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市


 1599年に初代地頭として本田正親が配された後、約30年かけて3代地頭の山田昌巖の時代まで整備が続けられました。

日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市
hiroの部屋 日本最大級の出水麓武家屋敷群 鹿児島県出水市


 出水島津藩士の暮らしを偲ばせるいくつかの屋敷が建ち並び、公開武家屋敷「竹添邸」は、史実に基づいて復元されています。



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  1. 2018/11/24(土) 14:30:10|
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高江の野焼き 鹿児島県薩摩川内市

「高江の枝垂れ梅」を見に来たのですが、地元の方が大勢出てきています。
「野焼き」をやっています。

凄い火です。

高江の野焼き 鹿児島県薩摩川内市
hiroの部屋 高江の野焼き 鹿児島県薩摩川内市


高江の野焼き 鹿児島県薩摩川内市
hiroの部屋 高江の野焼き 鹿児島県薩摩川内市

タンクに水を入れた、軽トラックが待機しています。

高江の野焼き 鹿児島県薩摩川内市
hiroの部屋 高江の野焼き 鹿児島県薩摩川内市

野焼きは、新たに出る若草のための肥料や、害虫を焼き殺す為ですね。


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  1. 2014/02/02(日) 14:12:51|
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出水市立上場小学校 鹿児島県出水市

上場高原コスモス園から小学校が見えます。
出水市立上場小学校です。
彼岸花がまだ少し残っています。

出水市立上場小学校 鹿児島県出水市

hiroの部屋 出水市立上場小学校 鹿児島県出水市

校門の側に「上場遺跡」の案内板があります。
「上場遺跡」
 1965年(昭和40年)池水寛治氏によって発見され、翌年の4月の第1回調査以来1974年(昭和49年)まで、5回にわたって発掘調査が行われた。
 発掘調査の結果、縄文時代早期・前期の土器や石鏃のほか、旧石器時代の石器である細石器、台形石器、ナイフ形石器、削器、彫器、チョッパー、チョンピングツールのほか、2基の住居跡が発見された。

「上場遺跡」 鹿児島県出水市
hiroの部屋 「上場遺跡」 鹿児島県出水市

このことから、上場遺跡には約25,000年以上も前から人々が生活していたことが判明した。なお、旧石器時代の遺跡としては、石器が上下の層位関係をたもって発見されたことや2基の住居跡が我が国最初の発見例として広く注目を集め、学会でも高く評価されている。
(市指定史跡 昭和49年1月31日) 

「上場遺跡」 鹿児島県出水市
hiroの部屋 「上場遺跡」 鹿児島県出水市

上場小学校の校庭には、竪穴式住居を模した茅葺の建物があります。

出水市立上場小学校 鹿児島県出水市
hiroの部屋 出水市立上場小学校 鹿児島県出水市

先程まで降っていた雨が小降りになりました。

出水市立上場小学校 鹿児島県出水市
hiroの部屋 出水市立上場小学校 鹿児島県出水市

平成25年度現在、上場小学校の児童数は11名だそうです。

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  1. 2013/10/05(土) 15:32:34|
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たのかんさあ(田の神様)池頭の田の神 薩摩川内市入来町浦之名

実りの秋がやって来ました。
田んぼの稲穂も頭を垂れています。

たのかんさあ(田の神様)池頭の田の神に感謝です。

たのかんさあ(田の神様)池頭の田の神 薩摩川内市入来町浦之名
hiroの部屋 たのかんさあ(田の神様)池頭の田の神 薩摩川内市入来町浦之名

雲が多いけど、空が高くなって来たのかなあ~

たのかんさあ(田の神様)池頭の田の神 薩摩川内市入来町浦之名
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  1. 2013/09/22(日) 14:13:40|
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たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町

鹿児島県さつま町柊野へやって来ました。
来週が「柊野ひがん花祭り」ですが、彼岸花を見に来ている人がいます。
私もですが・・・

たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町
hiroの部屋 たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町

カメラマンが数人います。

たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町
hiroの部屋 たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町

田の神(たのかんさ~)へ

たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町
hiroの部屋 たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町

近くに、別の「たのかんさ~」があるのですが、そちらの方の彼岸花はまだ見頃ではありませんでした。

たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町
hiroの部屋 たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町

雲一つないお天気です。
風が心地良いですね。

たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町
hiroの部屋 たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町

帰る途中、白い彼岸花が咲いていたので撮影です。

たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町
hiroの部屋 たのかんさ~と彼岸花 柊野ひがん花祭り 鹿児島県さつま町

彼岸花の見頃は来週の「柊野ひがん花祭り」まで続く様ですね。

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  1. 2013/09/16(月) 14:51:55|
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たのかんさ~と彼岸花 田の神ロード 薩摩川内市東郷町宍野

今年の夏は暑かったですね。
最近ようやく過ごし易くなってきました。
もうすぐお彼岸ですね。
花は、季節が分かっています。

彼岸花が咲いているかなあ~
薩摩川内市東郷町宍野の「田の神ロード」へやって来ました。
彼岸花は、まだ見頃ではありません。

たのかんさ~と彼岸花 田の神ロード 薩摩川内市東郷町宍野
hiroの部屋 たのかんさ~と彼岸花 田の神ロード 薩摩川内市東郷町宍野


たのかんさ~と彼岸花 田の神ロード 薩摩川内市東郷町宍野
hiroの部屋 たのかんさ~と彼岸花 田の神ロード 薩摩川内市東郷町宍野

来週が見頃かな~
さつま町柊野の彼岸花は咲いているかな~


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  1. 2013/09/16(月) 13:19:10|
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温泉 湯之元ファミリー温泉一時休業 日置市東市来町湯田

日置市東市来町湯田にある、「湯之元ファミリー温泉」は明日まで営業し29日まで一時休業になります。

温泉 湯之元ファミリー温泉一時休業 日置市東市来町湯田
hiroの部屋 温泉 湯之元ファミリー温泉一時休業 日置市東市来町湯田

寒い時期は、順番を待つほどお客さんが多いのですが、暑い時期はお客さんが少なくなります。

温泉 湯之元ファミリー温泉一時休業 日置市東市来町湯田
hiroの部屋 温泉 湯之元ファミリー温泉一時休業 日置市東市来町湯田

湯之元温泉
谷間の静かな温泉地、湯之元温泉は断層によって出来た切れ目に沿って並んでいる。
江戸時代の初め、寛永17年(1640年)に黒川大煩兵衛により発見され、整備されました。
しかし、戦国時代、島津家16代当主島津良久に仕えた上井覚兼の日記によれば、天正11年(1583年)に湯之村(湯之元温泉と推定される)において湯治をしたとの記録を残っており、起源は戦国時代までさかのぼるようです。
温泉街を見下ろす高台にある温泉神社には、そのことを示す記念碑などが建立されている。
温泉地として確立さたのはもう少し後になってからで、幕末までは薩摩藩直轄の湯で「御前湯」や「地頭湯」などあり、身分により使用する湯が異なっていました。

湯之元ファミリー温泉
郵便番号:899-2201
住所:日置市東市来町湯田2907
電話:099-274-4815
駐車場:15台

営業時間は、午前10時から午後11時までです。
定休日は、第3火曜日
浴室利用は1時間以内です。


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  1. 2013/08/18(日) 15:38:27|
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慈眼寺(じげんじ)自然遊歩道 鹿児島市

鹿児島市の慈眼寺(じげんじ)公園内に、自然遊歩道があります。
谷山観光協会直営の慈眼寺そうめん流しを食べた後、自然遊歩道を少しだけ歩いてみました。

慈眼寺(じげんじ)自然遊歩道 鹿児島市
hiroの部屋 慈眼寺(じげんじ)自然遊歩道 鹿児島市

石橋の下で、涼を求めている人もいます。

慈眼寺(じげんじ)自然遊歩道 鹿児島市
hiroの部屋 慈眼寺(じげんじ)自然遊歩道 鹿児島市

鹿児島市の石橋の一つ「洗心橋」です。
橋長:9.85m
幅員:2.29m
形式:石桁(5連)

慈眼寺(じげんじ)自然遊歩道 鹿児島市
hiroの部屋 慈眼寺(じげんじ)自然遊歩道 鹿児島市

和田川の自然遊歩道沿いには、八十八ケ所札所仏像群や弘法大師像・馬頭観音像があり、人々の信仰を集めています。

慈眼寺(じげんじ)自然遊歩道 鹿児島市
hiroの部屋 慈眼寺(じげんじ)自然遊歩道 鹿児島市

和田川の渓流には奇岩・怪石などが見られ、濃い緑とせせらぎの音、小鳥のさえずりが聞こえてきます。


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  1. 2013/08/10(土) 13:20:45|
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浦之名の田の神 南さつま市金峰町

南さつま市金峰町の浦之名の田の神です。
久々にやって来ました。

浦之名の田の神 南さつま市金峰町
hiroの部屋 浦之名の田の神 南さつま市金峰町

稲穂が頭を垂れています。
早期米の「金峰こしひかり」でしょうか。

浦之名の田の神 南さつま市金峰町
hiroの部屋 浦之名の田の神 南さつま市金峰町

稲刈りは7月下旬から8月上旬がピークだそうです。


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  1. 2013/07/15(月) 13:35:29|
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縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉

日置市吹上町の山へ入った所に、坊野地区があります。
黒川洞穴、黒川神社がここにあります。
鹿児島交通「黒川洞穴前」バス停が入口になります。

縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉
hiroの部屋 縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉

小川を渡り、杉林を歩いて行きます。
小鳥のさえずりが聞こえます。

縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉
hiroの部屋 縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉

神社入口の左右に、享保9年(1724年)に建てられた二基の石製仁王像があります。

縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉
hiroの部屋 縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉

坊野地区民にとって、「黒川洞穴」は、何物にもかえがたい宝です。
黒川洞穴には、7千年前の縄文時代前期から2千年前の弥生時代まで、数千年の間、人が住んでいました。
土器や石器だけでなく、骨や貝殻などの遺物を含む地層が、良好に存在する貴重な遺跡です。

縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉
hiroの部屋 縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉

洞穴は、東西に並んで二カ所あります。

東側の洞穴は、入口の幅11m、高さ4.35m、奥行き8.4mです。
穴は東西に向いて、内部は土塊の崩落がなく平坦です。

西側の洞穴は、入口の幅13.3m、高さ約6m、奥行きは、岩塊崩落のため、極める事は出来ないが相当に深く、入口は南向きで、東北を向いています。

縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉
hiroの部屋 縄文人のあしあと 黒川洞穴遺跡 日置市吹上町永吉

「黒川洞穴」の側に、しおりが置いてあるのですが、とても詳しく記載されています。
ここも、パワースポットですね。


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  1. 2013/07/15(月) 11:43:14|
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