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宮崎県の田の神さぁ 立野の田の神 小林市南西方

「立野の田の神」です。
一度目は見つける事が出来ず、二度目は地元の方に場所を教えていただいたのですが見つける事が出来ず、三度目に地元の方が案内をしていただき見つける事が出来ました。
見つける事が出来なかったのは、場所が変わっていたからでした。
場所が変わった事は、地元の方もご存じではありませんでした。
案内までしていただき、ありがとうございました。

「立野の田の神」の詳細
 型分類:神像型座像
 形態:座位
 持ち物:衣冠束帯(いかんそくたい)で両手を腹部の前で重ねる。
 彩色:袍(ほう)は朱色
 標高:309m

 衣冠束帯(いかんそくたい):平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。
 袍(ほう):公家の装束の盤領 (まるえり) の上衣

宮崎県の田の神さぁ 立野の田の神 小林市南西方
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美形の田の神さまです。

宮崎県の田の神さぁ 立野の田の神 小林市南西方
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福耳です。

宮崎県の田の神さぁ 立野の田の神 小林市南西方
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仏様のようなお顔ですね。

宮崎県の田の神さぁ 立野の田の神 小林市南西方
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。


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  1. 2020/10/20(火) 18:00:14|
  2.  ┣ 小林市(田の神様)|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

宮崎県の田の神さぁ 西町の田の神 小林市細野

「西町の田の神」です。
小林えびの高原牧園線(県道1号線)の起点小林市西町交差点側の「(株)カクイックスウィング 小林サテライト介護用品館こばやし」の敷地内に「西町の田の神」はいらっしゃいます。

宮崎県の田の神さぁ 西町の田の神 小林市細野
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「西町の田の神」の詳細
 建立年:不詳
 型分類:農民型
 形態:立位
 像高:52cm
 像幅:30cm
 持ち物:シキ被り、長袖和服と長袴姿右手にメシゲ左手に椀を持つ。
 彩色:なし。
 標高:204m

宮崎県の田の神さぁ 西町の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 西町の田の神 小林市細野
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。


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  1. 2020/10/19(月) 18:00:32|
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宮崎県の田の神さぁ 秋葉神社の田の神 小林市細野

「秋葉神社の田の神」です。
小林市役所近くの高台に「緑ヶ丘公園があり、公園の南側に「秋葉神社の田の神」はいらっしゃいます。

「秋葉神社の田の神」の詳細
 建立年:不詳
 型分類:神像型座像
 形態:座位
 像高:62cm
 像幅:63cm
 持ち物:冠を被り、衣冠束帯(いかんそくたい)で両手膝の上で持ち物は不明
 彩色:顔は白色で目は黒色。口・袍(ほう)は朱色
 標高:228m

 衣冠束帯(いかんそくたい):平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。
 袍(ほう):公家の装束の盤領 (まるえり) の上衣

宮崎県の田の神さぁ 秋葉神社の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 秋葉神社の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 秋葉神社の田の神 小林市細野
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
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  1. 2020/10/16(金) 00:00:01|
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宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野

「上岡の田の神」2か所目です。
「上岡の田の神」1か所目から250m程北東へ行った所に「上岡の田の神」2か所目はいらっしゃいます。
標高:229m
草が伸びていて撮影出来ませんでした。
再撮影対象です。

宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野
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後日、訪れました。
雑草が刈られています。

宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。


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  1. 2020/10/15(木) 18:00:15|
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宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野

「上岡の田の神」1か所です。
京町小林線(県道53号線)から北へ行った住宅街の中に「上岡の田の神」はいらっしゃいます。

「上岡の田の神」の詳細
 建立年:昭和8年(1933年)
 型分類:神像型座像
 形態:座位
 像高:67cm
 像幅:56cm
 持ち物:烏帽子(えぼし)被り、狩衣(かりぎぬ)姿右手メシゲ左手不詳
 彩色:顔・メシゲ・両手は白色で袍(ほう)は朱色、目・眉は黒色。

 烏帽子(えぼし):成人男性が被った帽子
 狩衣(かりぎぬ):公家の普段着
 袍(ほう):公家の装束の盤領 (まるえり) の上衣

宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 上岡の田の神 小林市細野
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
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  1. 2020/10/14(水) 18:00:22|
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宮崎県の田の神さぁ 孝ノ子の田の神 小林市細野

「孝ノ子の田の神」です。
「加治屋の田の神」から1.2km行った、小林えびの高原牧園線(県道1号線)から少し入った所に「孝ノ子の田の神」はいらっしゃいます。

「孝ノ子の田の神」の詳細
 建立年:享保7年(1722年)
 型分類:神像型立像
 形態:立位
 像高:142cm
 像幅:63cm
 持ち物:烏帽子(えぼし)被り、袖広の狩衣(かりぎぬ)風の長衣着て両手輪組で穴なし
 彩色:顔は白色で、衣は赤色

 烏帽子(えぼし):成人男性が被った帽子
 狩衣(かりぎぬ):公家の普段着

宮崎県の田の神さぁ 孝ノ子の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 孝ノ子の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 孝ノ子の田の神 小林市細野
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。


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  1. 2020/10/13(火) 18:00:59|
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宮崎県の田の神さぁ 加治屋の田の神 小林市細野

「加治屋の田の神」です。
「桧坂の田の神」から田んぼの中の道を西へ1.6km行った所に「加治屋の田の神」はいらっしゃいます。

「加治屋の田の神」の詳細
 建立年:不詳
 型分類:神像型座像
 形態:座位
 像高:71cm
 像幅:62cm
 持ち物:纓(えい)の付いた冠を被り、衣冠束帯(いかんそくたい)で両手輪組で穴あり。
 彩色:顔は白。袍(ほう)は朱色で冠は黒。
 標高:242m

纓(えい):冠の後ろに尾のようにつける装飾の具
衣冠束帯(いかんそくたい):平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。
袍(ほう):公家の装束の盤領 (まるえり) の上衣

宮崎県の田の神さぁ 加治屋の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 加治屋の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 加治屋の田の神 小林市細野
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。


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  1. 2020/10/12(月) 18:00:17|
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宮崎県の田の神さぁ 桧坂の田の神 小林市細野桧坂

「桧坂の田の神」です。
霧島高原小林線(県道104号線)沿いコイン精米所の先に「桧坂の田の神」はいらっしゃいます。

「桧坂の田の神」の詳細
 建立年:享保10年(1725年)
 型分類:神像型座像
 形態:座位
 像高:80cm
 像幅:75cm
 持ち物:纓(えい)の付いた冠を被り、衣冠束帯(いかんそくたい)で両手で笏(しゃく)を持つ。
 彩色:冠は黒。袴・袍は海老茶色。白のストライプがある。
 標高:199m

 纓(えい):冠の後ろに尾のようにつける装飾の具
 衣冠束帯(いかんそくたい):平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。
 笏(しゃく):細長い板
 袍(ほう):公家の装束の盤領 (まるえり) の上衣

宮崎県の田の神さぁ 桧坂の田の神 小林市細野桧坂
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。


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  1. 2020/10/09(金) 18:00:18|
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宮崎県の田の神さぁ 南地区の田の神 小林市細野

「南地区の田の神」です。
「南島田の田の神」から西へ400m程行った南地区体育館前に「南地区の田の神」はいらっしゃいます。

「大丸の田の神」の詳細
 自然石です。
 建立年:不詳
 像高:76cm
 像幅:34cm
 標高:195m

宮崎県の田の神さぁ 南地区の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 南地区の田の神 小林市細野
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無人販売所が側にあります。
とても安いです。
卵7個で100円です。
ピーマン、きゅうり、芋・・・・100円です。

宮崎県の田の神さぁ 南地区の田の神 小林市細野
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
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  1. 2020/10/08(木) 18:00:36|
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宮崎県の田の神さぁ 南島田の田の神 小林市細野

「南島田の田の神」です。
霧島公園小林線沿いに「南島田の田の神」はいらっしゃいます。

「南島田の田の神」の詳細
 建立年:享保7年(1722年)
 型分類:神像型座像
 形態:座位
 像高:76cm
 像幅:62cm
 持ち物:烏帽子被り、狩衣(かりぎぬ)姿で両手を胸に突き出す
 彩色:烏帽子・眉は黒色、口・冠・袍は朱色
 標高:195m

宮崎県の田の神さぁ 南島田の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 南島田の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 南島田の田の神 小林市細野
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宮崎県の田の神さぁ 南島田の田の神 小林市細野
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
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