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宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上

北諸県郡三股町樺山上小石にある堂領池の堤防の上に「樺山上小石の田の神」が祀られています。

柵にカギがかかり閉まっているので、近くまで行くことが出来ません。

宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上

ちょっと遠いですね。

宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上


宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上

望遠で撮影です。

宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上

樺山上小石の田の神
設置場所: 用水路堤防の上
建立年: 水神様に明治8年(1875年)の刻銘
型分類: 農民型
形態: 立位
像高: 58cm
像幅: 47cm
奥行: 20cm
持ち物: 大きな頭巾(シキではありません)を被り、広袖和服で、右手にメシゲを持ち、左手に椀を持っています。
彩色: 全体的に薄茶色です。

メシゲ:しゃもじ。

宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山上小石の田の神 北諸県郡三股町樺山上小石 用水路堤防の上

三股町の田の神さぁを見てきました。
まだ探しきれていない田の神さぁがありますが、一応三股町の田の神さぁ巡りは終了します。


「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。



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  1. 2021/09/14(火) 18:00:14|
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宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横

北諸県郡三股町樺山原田の都城東環状線(県道12号線)の年見川にかかる橋の横に「樺山原田の田の神」が祀られています。

宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横


宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横

樺山原田の田の神
設置場所: 橋の横
建立年: 不詳
型分類: 神像型座像
形態: 座位
像高: 110cm
像幅: 77cm
奥行: 50cm
持ち物: 纓(えい)の無い冠を被り、衣冠束帯(いかんそくたい)で両手は袖から出ていません。
彩色: 彩色無し

纓(えい):冠の後ろに尾のようにつける装飾の具。
衣冠束帯(いかんそくたい):平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。

宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横


宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横


宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横
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宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横


宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山原田の田の神 北諸県郡三股町樺山原田 橋の横


「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。



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  1. 2021/09/13(月) 18:00:13|
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宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭

北諸県郡三股町樺山天神の人家の庭に「樺山天神(塚原)の田の神」が祀られています。

宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭


宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭

樺山天神(塚原)の田の神
設置場所: 人家の庭
建立年: 不詳
型分類: 神像型椅像
形態: 椅像
像高: 90cm
像幅: 60cm
奥行: 40cm
持ち物: 纓(えい)の無い冠を被り、衣冠束帯(いかんそくたい)で両手は袖から出ていません。
彩色: 彩色無し

纓(えい):冠の後ろに尾のようにつける装飾の具。
衣冠束帯(いかんそくたい):平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。

宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭


宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭

背中に「塚原」と刻まれているため「塚原の田の神」とも呼ばれます。

宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭

青山幹雄著の「宮崎の田の神像」(1979年6月29日発行)では「三股町一の作」と書かれています。

宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭


宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭


宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭


宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 樺山天神(塚原)の田の神 北諸県郡三股町樺山天神 人家の庭


「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
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  1. 2021/09/12(日) 18:00:12|
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田

蓼池岩下の田の神2の横を流れる用水路を南へ行くと「蓼池岩下の田の神2」が祀られています。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田


宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田

蓼池岩下の田の神2
設置場所: 水田
建立年: 不詳
型分類: 僧型
形態: 座位
像高: 55cm
像幅: 40cm
奥行: 22cm
持ち物: 帽子を被り、肌着と羽織を着て、両手輪組で上向きの穴は開いていません。
彩色: 顔と胸は白色で、帽子と目と眉毛は黒色で、青色の肌着に赤色の羽織、ほっぺと唇も赤色です。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田


宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神2 北諸県郡三股町蓼池岩下 水田


「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
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  1. 2021/09/11(土) 18:00:11|
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横

北諸県郡三股町蓼池岩下を走る都城東環状線(県道12号線)から東へ入った所に「蓼池岩下の田の神1」が祀られています。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横


宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横

蓼池岩下の田の神1
設置場所: 用水路横
建立年: 不詳
型分類: ―
形態: ―
像高: 92cm
像幅: 65cm
奥行: 38cm
持ち物: 両手輪組をしているように見えます。
彩色: 彩色無し

宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横

頭部は後付けでしょうか。首はセメント付けされています。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横


宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池岩下の田の神1 北諸県郡三股町蓼池岩下 用水路横


「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
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  1. 2021/09/10(金) 18:00:10|
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館

北諸県郡三股町蓼池前目にある前目自治公民館敷地内に「蓼池前目の田の神」が祀られています。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館


宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館

水神様と共に祀られています。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館

蓼池前目の田の神
設置場所: 前目自治公民館
建立年: 不詳
型分類: 自然石
形態: ―
像高: 90cm
像幅: 60cm
奥行: 50cm
持ち物: 無し
彩色: 彩色無し

宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館


宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館


宮崎県の田の神さぁ 蓼池前目の田の神 北諸県郡三股町蓼池前目 前目自治公民館
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
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  1. 2021/09/09(木) 18:00:09|
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い

北諸県郡三股町蓼池城下を走る都城東環状線(県道12号線)から北に入った所に「蓼池城下の田の神」が祀られています。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い

蓼池城下の田の神
設置場所: 道路沿い
建立年: 不詳
型分類: 神像型座像
形態: 座位
像高: 90cm
像幅: 73cm
奥行: 50cm
持ち物: 纓(えい)の無い冠を被り、肩衣(かたぎぬ)の衣冠束帯(いかんそくたい)で両手輪組で穴は開いていません。
彩色: 冠は黒色、袍(ほう)は赤色で、背中から胸に青い肩衣(かたぎぬ)、顔と手は肌色です。

纓(えい):冠の後ろに尾のようにつける装飾の具。
肩衣(かたぎぬ):室町時代以後の武士の礼服。袖(そで)がなく、小袖の上に、肩からせなかをおおって着るもの。下には半袴(はんばかま)を着ける。
衣冠束帯(いかんそくたい):平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。
袍(ほう):公家の装束の盤領 (まるえり) の上衣。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い


宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い

徳枡の田の神と同じ彩色です。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い


宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い


宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池城下の田の神 北諸県郡三股町蓼池城下 道路沿い


「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。



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  1. 2021/09/08(水) 18:00:08|
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宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い

北諸県郡三股町餅原徳枡の「三股町役場殿岡生活改善センター」へ行く北側の坂道の途中に「餅原徳枡の田の神」が祀られています。
坂の上が「三股町役場殿岡生活改善センター」になります。
車は上の方に停めるスペースがあります。

宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い

馬頭観音と共に祀られています。

宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い


宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い

餅原徳枡の田の神
設置場所: 道路沿い
建立年: 文久元年(1861年)勝岡
型分類: 神像型座像
形態: 座位
像高: 75cm
像幅: 85cm
奥行: 26cm
持ち物: 纓(えい)の付いた冠を被り、衣冠束帯(いかんそくたい)で両手輪組で穴が開いています。
彩色: 冠は黒色、袍(ほう)は赤茶色で、背中から胸に青い肩衣(かたぎぬ)、顔と手は肌色です。
城下の田の神と同じ彩色です。

纓(えい):冠の後ろに尾のようにつける装飾の具。
衣冠束帯(いかんそくたい):平安時代後期に生まれた日本の衣裳の名称の一つで、公家の正装をいう。
袍(ほう):公家の装束の盤領 (まるえり) の上衣。
肩衣(かたぎぬ):室町時代以後の武士の礼服。袖(そで)がなく、小袖の上に、肩からせなかをおおって着るもの。下には半袴(はんばかま)を着ける。

宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い


宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い


宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い


宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い


宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い


宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 餅原徳枡の田の神 北諸県郡三股町餅原徳枡 道路沿い


「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
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  1. 2021/09/07(火) 18:00:07|
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池松田の田の神 北諸県郡三股町蓼池松田 水田

国道269号線沿いにある「蓼池の芝桜」の案内板から細い道を北に入った所に「蓼池松田の田の神」が祀られています。
奥の方が国道269号線です。
車一台がやっと通れる道です。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池松田の田の神 北諸県郡三股町蓼池松田 水田
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池松田の田の神 北諸県郡三股町蓼池松田 水田

自然石の田の神様です。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池松田の田の神 北諸県郡三股町蓼池松田 水田
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蓼池松田の田の神
設置場所: 水田
建立年: 不詳
型分類: 自然石
形態: ―
像高: 36cm
像幅: 31cm
奥行: 25cm
持ち物: 無し
彩色: 彩色無し

宮崎県の田の神さぁ 蓼池松田の田の神 北諸県郡三股町蓼池松田 水田
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池松田の田の神 北諸県郡三股町蓼池松田 水田
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池松田の田の神 北諸県郡三股町蓼池松田 水田
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池松田の田の神 北諸県郡三股町蓼池松田 水田
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「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。



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  1. 2021/09/06(月) 18:00:06|
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横

北諸県郡三股町蓼池野中の用水路横に「蓼池野中の田の神」が祀られています。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横


宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横
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蓼池野中の田の神
設置場所: 用水路横
建立年: 不詳
型分類: 神像型座像
形態: 座位
像高: 65cm
像幅: 40cm
奥行: 28cm
持ち物: 烏帽子(えぼし)を被り、狩衣(かりぎぬ)姿で両手輪組で穴が開いています。
彩色: 烏帽子(えぼし)と前掛けは青色で、白い狩衣(かりぎぬ)の背中から肩と襟、顎紐は赤茶色です。

烏帽子(えぼし):成人男性が被った帽子。
狩衣(かりぎぬ):公家の普段着。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横


宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横
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宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横
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目の前には、田んぼが広がっています。

宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横
hiroの部屋 宮崎県の田の神さぁ 蓼池野中の田の神 北諸県郡三股町蓼池野中 用水路横


「田の神さぁ」とは・・・
 田の神は、冬は山の神となり、春は里におりて田の神となって田を守り、豊作をもたらすと信じられています。
 「田の神」信仰は、全国的な民俗行事として古来から農村に浸透していますが、「田の神」を石に刻み(田の神石像)豊作を祈願する風習は、18世紀初めに始まる薩摩藩独特の文化です。
 霧島の噴火や天災などが原因で、農家にとって大変厳しい時代でしたが、江戸時代からの赤字経済を立て直すため、薩摩藩では少しでも収穫を増やそうと、稲作を奨励する政策を行っていました。このような中、農民達が霧島の噴火がおさまり豊作に恵まれるようにとの願いを込めて造ったのが田の神像の始まりといわれています。
 田の神のことを、「田の神さあ(タノカンサア)」と呼んでいます。



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