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ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野

ひなた宮崎県総合運動公園内の宮崎県青島青少年自然の家側に、国鉄C57形蒸気機関車 C57175 が展示されています。

この位置から車輪配置が良く分かりますね。
炭水車が接続された形式のテンダー機関車ですね。

車輪配置 4-6-2 (しゃりんはいち4-6-2、ホワイト式分類)
 2軸先輪・3軸動輪・1軸従輪で構成されるものをさします。
 アメリカ式分類での愛称は「パシフィック (Pacific)」です。

ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野
hiroの部屋 ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野

ひなた木の花ドームが見えます。
右側に宮崎県青島青少年自然の家の炊飯棟があり、子供たちの元気な声が聞こえてきます。

ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野
hiroの部屋 ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野

国鉄C57形蒸気機関車(こくてつC57がたじょうききかんしゃ)
 日本国有鉄道(国鉄)の旅客用テンダー式蒸気機関車(SL)です。
 SLやまぐち号(現在不具合の為ディーゼル機関車けん引)の運転に使用されており、マスコミなどでは「貴婦人(きふじん)」の愛称で紹介されています。
 鉄道ファン等からは「シゴナナ」と呼ばれています。
 観光列車やイベントを除いて、日本で最後の旅客営業運転をおこなったSLです。

テンダー機関車(テンダーきかんしゃ)
 蒸気機関車の一種で機関車に炭水車(テンダーとも呼ばれる、ボイラーに投入する石炭および水を積載した燃料運搬車両)が接続された形式の機関車です。
 炭水車をもたず、機関車本体に炭庫や水槽を装備する機関車はタンク機関車と呼ばれます。

ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野
hiroの部屋 ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野

 1937年(昭和12年)、C55形の63号機として製造が始められた機関車ですが、改良箇所が多岐に及んだため、検討の末に新形式とすることが決定され、C57形蒸気機関車として誕生をしています。
 1947年(昭和22年)までの間に201両が量産されました。
 本形式への信頼も高く、C51形に始まるライトパシフィック機の決定版となりました。

ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野
hiroの部屋 ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野

3次形 (C57 170 - 189)
 1946年(昭和21年)に製造されました。
 戦後の旅客用機関車の不足を補うために製造されました。
 設計期間がなかったことから2次形からの大幅な改設計は見送られました。
 それでも先輪がD52形用の流用であるディスク形となったり、コンプレッサーからの空気放熱管がランボード下に収められるなどの相違点が見られます。
 また、砂箱キセ前面が1次形や2次形と比べ傾斜しています。

砂箱(すなばこ)
 軌条に砂を撒くことで、車輪の空転を防ぎます。
 蒸気機関車ではボイラー上やランボード上に設置されていることが多く(特にボイラー上にあるものは一般にドーム状であったことから「サンドドーム」と呼ばれる)、一日50kgほどの砂を消費したといわれています。

ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野
hiroの部屋 ひなた宮崎県総合運動公園 国鉄C57形蒸気機関車 C57175 宮崎市熊野


国鉄C57形蒸気機関車
 軸配置:2C1
 軌 間:1,067 mm
 全 長:20,280 mm
 全 高:3,945 mm
 機関車重量:67.50 t
 総重量:115.50 t
 動輪径:1,750 mm
 軸 重:13.96 t(第3動輪)


九州内で静態保存機されているC57は、
 C57 95  長崎県立総合運動公園
 C57 175 宮崎県青島青少年自然の家
 C57 151 平川動物公園
 の3台ですね。


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  1. 2023/07/09(日) 16:58:08|
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志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町

志布志駅から西へ350m程いった所に、志布志鉄道記念公園があります。
1987年に廃止となった大隅・志布志線が乗り入れていたターミナル駅で、その機関区が現在、鉄道記念公園になっています。
この公園に、国鉄C58形蒸気機関車 C58112が展示されています。
大隅半島で唯一のSL保存公園です。

志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町
hiroの部屋 志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町

国鉄C58形蒸気機関車(こくてつC58がたじょうききかんしゃ)
日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省、運輸通信省、運輸省が導入した蒸気機関車です。
 ローカル線用の客貨兼用過熱式テンダー式蒸気機関車で、8620形の速度と9600形の牽引力を兼ね備えた共通の後継機として設計され、1938年(昭和13年)から1947年(昭和22年)にかけて、431両(国鉄向け427両(樺太庁鉄道向け14両含む)、天塩鉄道・三井芦別鉄道向け各2両)が製造されました。
 愛称はシゴハチです。


志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町
hiroの部屋 志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町

C58112号蒸気機関車の履歴
 このC58112号蒸気機関車は、汽車制作株式会社で制作され、昭和14年2月16日産声をあげました。
 全長:18.2754m
 幅:2.940m
 高さ:3.940m
 重さ:75t
 車輪直径:1.2m
 馬力:880馬力
 最高時速:85km/h
 の中距離の客車けん引として427車両の同僚と出発しました。
 (パンフレットと若干数値が異なります。)
 
志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町
hiroの部屋 志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町

 1.昭和14年2月21日 稲沢機関区(名古屋鉄道管理局)
 2.昭和17年11月7日 多治見機関区(名古屋鉄道管理局)
 3.昭和25年1月31日 大分機関区(大分鉄道管理局)
 4.昭和47年6月17日 志布志機関区へ配置
 しかし動力の近代化により無煙化ディーゼルと交代することになり、昭和50年1月20日志布志機関区において36年の生涯を終えました。

志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町
hiroの部屋 志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町

 この間の走行距離は2,115,042.4kmで地球を焼く53周したことになります。本当に永い間ご苦労さまでした。
 尚このC58112号蒸気機関車は、旧国鉄のご好意により昭和50年3月6日志布志町が無償貸与をうけているものです。
 町民のSLとして、またこれからの子供達のためにみんなで大事に保存していきたいと思いますので、皆様のご協力をお願いいたします。
 志布志町長・SL保存会(旧志記機区OB)

車掌車です。(ヨ8951 形式ヨ8000)

国鉄ヨ8000形貨車(こくてつヨ8000がたかしゃ)
 日本国有鉄道(国鉄)が1974年(昭和49年)から1979年(昭和54年)までに製造した事業用貨車(車掌車)です。


志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町
hiroの部屋 志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町


志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町
hiroの部屋 志布志鉄道記念公園 国鉄C58形蒸気機関車 C58112 志布志市志布志町

志布志鉄道記念公園のパンフレットは、志布志駅に置いてあります。


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志布志鉄道記念公園 国鉄キハ20系気動車 キハ52-130 志布志市志布志町

志布志駅から西へ350m程いった所に、志布志鉄道記念公園があります。
1987年に廃止となった大隅・志布志線が乗り入れていたターミナル駅で、その機関区が現在、鉄道記念公園になっています。
この公園に、国鉄キハ20系気動車 キハ52-130が展示されています。

志布志鉄道記念公園 国鉄キハ20系気動車 キハ52-130 志布志市志布志町
hiroの部屋 志布志鉄道記念公園 国鉄キハ20系気動車 キハ52-130 志布志市志布志町

国鉄キハ20系気動車(こくてつキハ20けいきどうしゃ)
 日本国有鉄道(国鉄)が1957年(昭和32年)に開発した一般形気動車です。


志布志鉄道記念公園 国鉄キハ20系気動車 キハ52-130 志布志市志布志町
hiroの部屋 志布志鉄道記念公園 国鉄キハ20系気動車 キハ52-130 志布志市志布志町

キハ52形
 勾配区間用の一般形気動車で、キハ20形の2基エンジン搭載形です。
 国鉄の2基エンジン気動車としては最初の両運転台車で、急勾配のローカル線用車両として本州・四国・九州各地で重用されました。


志布志鉄道記念公園 国鉄キハ20系気動車 キハ52-130 志布志市志布志町
hiroの部屋 志布志鉄道記念公園 国鉄キハ20系気動車 キハ52-130 志布志市志布志町

左側には、
形式 キハ52
自重 37.2t
換算 積 4.0
    空 3.5
20-11 志布志

右側には、
九州旅客鉄道株式会社
新潟鉄工所 昭和41年
の文字が見えます。

志布志鉄道記念公園 国鉄キハ20系気動車 キハ52-130 志布志市志布志町
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JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西

JR九州肥薩線・吉都線の吉松駅に、近代化産業遺産として蒸気機関車「C5552号」が展示されています。

近代化産業遺産 【蒸気機関車「C5552号」】
C5552号略歴
 この機関車はスポーク動輪が魅力のスマートな機関車です。

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西

 これまでの蒸気機関車はボイラ上に蒸気だめと、砂箱の二つのこぶを持っていましたが、蒸気ドームを中央に移し、砂箱とともに楕円半球状のドームにまとめ、当時にとっては鋳鋼製台車を装備するなど近代的なスタイルの機関車でした。

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西

 C55系は北海道から九州まで幅広く配置され、晩年は旭川・室蘭・名古屋・豊岡・若松・宮崎。吉松機関区などで活躍しました。

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西

 本機は昭和12年3月14日製造、同3月25日小郡機関区配属後、糸崎機関区、鳥栖機関区、大分機関区、宮崎機関区、若松機関区を経て昭和47年3月24日吉松機関区に配属され、主に吉松~西鹿児島間、吉松~都城間を運航しました。

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西

 早朝の雲海たなびく吉松盆地に汽笛を響かせ、ドラフト音高く、川内川の鉄橋上を疾走する雄姿は忘れられません。

 とても綺麗に整備されています。

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西

昭和12年3月25日  小倉機関区 102,720.0km運行
昭和13年2月18日  糸崎機関区 189,534.5km運行
昭和14年4月8日  鳥栖機関区 224,758.6km運行
昭和14年9月26日  大分機関区 2,762,745.3km運行
昭和39年10月14日 宮崎機関区 3,032,195.1km運行
昭和43年10月14日 若松機関区 3,220,442.0km運行
昭和47年3月24日  吉松機関区 3,312,334.6km運行
昭和49年4月26日  鹿児島機関区 3,382,307.5km運行
昭和50年1月1日  第一種使用休止指定
昭和50年1月14日  1594列車にて吉松機関区へ無火回送

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西

製造所 汽車株式会社
製造年月日 昭和12年3月14日
最大寸法
 長さ         20,380mm
 幅          2,936mm
 高さ          3,945mm
志位リンダ―
 数          2
 直径         510mm
 行程         660mm

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西

使用圧力(1㎠当たり)  14kg
火格子面積      2.53㎠
全伝熱面積      168.80㎠
水タンク容量     17.00㎥
石炭積載量       12.0t

とても美しいスポーク動輪です。

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 近代化産業遺産 吉松駅前保存蒸気機関車C5552号 鹿児島県姶良郡湧水町川西
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運転整備時(除炭水車)66.04t
 空車        59.42t
 先輪        67.60t
炭水車重量
 運転整備時     47.18t
 空車        18.18t
車輪直径
 動輪        1,750mm
 炭水車        860mm


 保存されている蒸気機関車を色々見てきましたが、吉松駅前に保存されている蒸気機関車「C5552号」は一番綺麗で、今にも走り出しそうです。
 整備、掃除等をされている方々に感謝いたします。
 有難うございます。


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  1. 2021/10/17(日) 15:16:00|
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JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町

熊本県人吉市矢岳町矢岳駅にある「人吉市SL展示館」にやって来ました。
ここには、「国鉄D51形蒸気機関車170」が展示されています。

JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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D51
シリンダ直径×工程(mm)  550×660
使用圧力(Kg/cm2)      15.0
火格子面積(m2)        3.27
機関車重量(運転整備時t)   78.37
炭水車重量(運転整備時t)   46.72
動輪上重量(運転整備時t)   59.56
動輪直径(mm)      14.00
水槽容量(m3)      20.0
燃料積載量(t)       8.0
製造初年(年)       昭和11年 日本車輛 製造
最高運転速度(Km/h)    85Km/h
最大動輪周馬力(ps)    1280

JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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D51のメカニズムについて
炭水車には石炭が8t、水が20㎥積載され、石炭は走行キロ当たり約20Kgを消費するのですが、水は石炭に対して約7倍も消費します。
炭水車の石炭は人力によるショベルによって火床に散布(投炭)され火室内で燃焼し、この燃焼ガスは煙管、煙室を通って大気中に排出されます。

JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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石炭の有する熱エネルギーはその過程でボイラー内の水に伝えられて蒸気に変換されます。
火室の中にはボイラ水の循環を円滑にさせるためアーチ管を設け、アーチ管には耐火レンガを積み火焰の流れを火室内で完全燃焼させるように計っています。
SLのボイラは大きさの割合に蒸発力を多くするよう設計され、反面ボイラ効率は地上で使用されているボイラに比べて大分低いのですが、これは鉄道車両そのものが車両限界と車両軸重で制限を受けるため、ボイラの効率の低下は、やむを得ないのです。

JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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ボイラへの送水はインゼクタとシリンダの排出蒸気の余熱を利用して給水温度を高めてポンプで送水する給水ポンプによっています。
ボイラ内発生した蒸気は密閉されているため圧力が高まり、ボイラ胴上部の蒸気溜中に設けられた加減弁の開閉によってシリンダの送られます。

JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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加減弁から送られる蒸気は規定の15Kg/cm2で200℃でありますが、途中の大煙管の中を往復している過熱管を通って約300℃に加熱され、いわゆる過熱蒸気になってシリンダに送られ蒸気効率を高めています。

JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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シリンダに送られた蒸気は弁装置の作用によって左右のピストンを往復させ、排気膨張室を経て吐出ノズルから噴出し、煙室内の燃焼ガスを誘出しながら煙突から排出されます。

JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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ピストンの往復運動にはピストン棒につながれたクロスヘッドを往復させ、ついで主連棒を介して主動輪を回転させ、その他の動輪は連結棒を介して駆動されます。

JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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主動輪のクランクピンの外側には返りクランクがついていて、これらの回転が偏心棒、加減リンク、心向棒を介してピストン弁を動かし、これによってシリンダへの蒸気の供給、排出が正しく行われ、又途中の加減リンクによる調整作用によりシリンダへの蒸気の締圴比(ピストンの全工程対する、給気工程の比率のことで、専門的にはカットオフと稱する)を変え、又前后進を制御します。

JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄D51形蒸気機関車170 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
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車輪のクランクは左右が90°異なる角度になっていますが、これは片側のクランクが死点でクランク回転力が零の特に他側のクランクが最大になるようにするためです。
以上のメカニックで所要の性能を発揮し幹線の貨物列車けん引と共に勾配の亜幹線では客貨けん引で活躍しています。
S47.12
国鉄鹿児島工場

D51形蒸気機関車(D51がたじょうききかんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省が設計したテンダー式蒸気機関車です。
D51形三重連(1971年、伯備線布原信号場にて撮影)主に貨物輸送のために用いられ、戦時中に大量生産されたこともあってその生産両数は総数1,115両に達しており、ディーゼル機関車や電気機関車などを含めた日本の機関車1形式の両数では最大を記録しました。
デゴイチの愛称は有名で、蒸気機関車の代名詞にもなりました。
元々、鉄道の現場などで本形式の愛称として用いられていたのは「デコイチ」でした。この呼び方はD50形を「デコマル」と呼ぶことと対で用いられていたもので、古い文献には「凸一」と記したものもあります。この呼び名の由来には諸説(「でこちゃん」とあだ名された歌手からとったなど)ありはっきりしないが、一説には標準型(「なめくじ」ではないタイプ)の場合正面の上部に給水暖め機が付いており、これが人の顔の「おでこ」の部分に「一」の字が書かれているように見えるからという(D50形の場合は給水暖め機が同位置になかったため、「おでこ」が「丸い」)。
しかし、1960年代のSLブームでこの愛称が紹介される際に「ディーご(じゅう)いち」の略称であるとみなされ、「デゴイチ」と書かれることが多くなり、C62形の「シロクニ」など他形式でも類似の愛称が付けられたことから、そちらの方が広まることとなりました。今でも古くからの蒸気機関車愛好者には「デゴイチ」は誤った呼び方で受け入れられないという人も存在しますが、これだけ人口に膾炙すると2つの愛称があると見なさざるを得ないでしょう。


8620形の主要諸元表が掲示されています。
人吉市SL展示館に保存されていた国鉄8620形蒸気機関車58654号機が今の「SL人吉」です。

JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄8620形蒸気機関車58654号機 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町
hiroの部屋 JR九州肥薩線 矢岳駅 国鉄8620形蒸気機関車58654号機 人吉市SL展示館 熊本県人吉市矢岳町

2020年3月29日 西人吉駅ホームより撮影した「SL人吉」です。

肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 西人吉の桜
hiroの部屋 肥薩線 蒸気機関車「SL人吉」58654号(ハチロク8620形)人吉へ走る 西人吉の桜


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児童交通遊園のSL 青島号 宮崎県総合福祉センター

宮崎市原町の「宮崎県福祉総合センター」内にある「児童交通遊園」にSL「青島号」が保存されています。

 この蒸気機関車は1912年ドイツのオレンスタインコッペルCOでつくられ、大正2年(1913年)宮崎軽便鉄道の赤江(のちに南宮崎駅まで延長)と内海の間を走り、昭和37年6月30日(1962年)までの50年間にわたり、ピーシーシーポッポーピーというかわいい汽笛の音と共に県民にしたしまれてきました。

児童交通遊園のSL 青島号 宮崎県総合福祉センター
hiroの部屋 児童交通遊園のSL 青島号 宮崎県総合福祉センター

 国鉄日南線として生まれかわるため軽便鉄道 (当時は宮崎交通の鉄道部)が廃止になり、宮崎大学工学部に寄贈されたものをこの児童交通遊園の開園記念にいただいたもので「青島号」と命名しました。

児童交通遊園のSL 青島号 宮崎県総合福祉センター
hiroの部屋 児童交通遊園のSL 青島号 宮崎県総合福祉センター


児童交通遊園のSL 青島号 宮崎県総合福祉センター
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児童交通遊園のSL 青島号 宮崎県総合福祉センター
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児童交通遊園のSL 青島号 宮崎県総合福祉センター
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宮崎軽便鉄道
 宮崎交通線は、かつて宮崎県宮崎市の南宮崎駅から内海駅までを結んでいました、
 宮崎交通が運営していた鉄道路線の通称です。
 日南線の前身にあたります。
 当初、宮崎軽便鉄道と称し、のち宮崎鉄道となりました。
 陸路が不便な宮崎市の外港と目され、定期航路の寄港地であった内海港への連絡鉄道として大正時代初期に開業しましたが、内海港が堆砂しやすいなど港湾条件が悪かったことや、開業から10年後には国鉄日豊線が開通して海運からの輸送転移が生じたことから、経営難に苦しみました。
 国鉄線に接続する1067mm軌間路線でしたが、ナローゲージの軽便鉄道並に脆弱な低規格線路のため長く国鉄との貨車直通ができなく、鉄道省に合わせての1925年の自動連結器化も出来ないと願い出て、鉄道省もこれを認めたほどでした。
 さらに大正末期からはバスとの競合が生じ、沿線の観光開発に取り組むようになりましたが、太平洋戦争に伴う宮崎県内の交通統合により、競合するバス会社と統合され、宮崎交通の鉄道部門となりました。
 1950年からは日本で唯一蓄電池動力による旅客車を蓄電池機関車と共に使用するユニークな取り組みも行われ、自社バス路線に伍して南宮崎 - 青島間のフリークエントサービスを図いました。
 一方、末端区間の青島 - 内海間では、小型蒸気機関車が木造客車を牽引する時代離れした古典的な運行もごく遅くまで見ることができました。
 1962年(昭和37年)に全線が廃止され、跡地は大半が日本国有鉄道(国鉄)日南線の建設に利用されました。
 このとき、田吉駅(初代)、飛行場駅、江佐原駅は廃止、白浜駅、内海駅(初代)はルート変更により放棄されました。



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児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター

宮崎市原町の「宮崎県福祉総合センター」内にある「児童交通遊園」にSL「C11 191」が保存されています。

C11・191蒸気機関車について
 1.かたち形式 IC2過熱タンク機関車
 2.つくったところ製造所 川崎車輛株式会社
 3.つくったとき製造年月日 昭和15年9月13日
 4.おもさ総重量 65トン850キログラム
 5.ながさ最大長 12 メートル65 センチ
 6.はば最大幅 2 メートル83 センチ
 7.たかさ最大高 3 メートル90 センチ
 8.くるまの大きさ動輪直径 1 メートル52 センチ
 9.はやさ最大運転速度 1時間に80キロメートル
 10.いままではしったきょり走行キロ数 105万2238キロメートル
 11.ひっぱる力(最高馬力 718馬力。

児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター
hiroの部屋 児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター

 C11 191 この記号は機関車のなまえで、
 Cは動輪軸が3つ、
 11は過熱式蒸気機関車の番号、
 191は191番目につくられたことをあらわしています。

児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター
hiroの部屋 児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター

 蒸気機関車は明治5年から100年間日本国中を走り続け、たくさんの人々から親しまれてきました。

児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター
hiroの部屋 児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター

 この機関車は昭和7年に客車をひっぱるためにつくられてから、昭和25年まで381輌つくられました。
 一般の人々からは”Cのチョン・チョン”とよばれているわが国の代表的な蒸気機関車です。

児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター
hiroの部屋 児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター

 本県においては、日豊本線、吉都線、日南線を走り、本県の産業や文化などの発展のためにたいへんはたらきました。

児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター
hiroの部屋 児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター


児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター
hiroの部屋 児童交通遊園のSL C11 191 宮崎県総合福祉センター

 近く、その雄姿が見られなくなりますので、国鉄の厚意により、次の時代をになう子供のために保存することになったものです。
 昭和49年10月14日 宮崎県


C11
 国鉄C11形蒸気機関車は、日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省が1932年(昭和7年)に設計した過熱式のタンク式蒸気機関車です。
 老朽化した種々雑多な支線・区間運転用機関車群の代替用として、1930年(昭和5年)に設計されたC10形の改良増備機として設計・製造された軸配置1C2の小型タンク式蒸気機関車です。
 1932年から1947年(昭和22年)までの16年間に381両が汽車製造会社、川崎車輛、日立製作所、日本車輌製造の各社により生産されました。生産時期によって1 - 4次までのバリエーションがあります。C10形に比べると溶接部分が多く、ボイラーの過熱器がC10形と比較して2基増強され、除煙板(デフレクター)が装備されているなどの特徴があります。


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  1. 2020/10/21(水) 18:00:28|
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緑ヶ丘公園のSL C58 277 小林市細野

小林駅から、西へ2.5km程行った丘の上に「緑ヶ丘公園」があります。
車で丘の上まで上れ、とても広い広場があります。

緑ヶ丘公園 小林市細野
hiroの部屋 緑ヶ丘公園 小林市細野

広場の西側にSLが保存されています。
「C58 277」です。

C58 277号蒸気機関車の紹介
1.形式            ICI過熱テンダ機関車
2.つくった所(製作所)  汽車製造株式会社
3.製作年月日       昭和16年3月23日
4.おもさ(空車の総重量 72トン(炭水車を含む)
5.ながさ(最大級)     18メートル27センチメートル
6.はば(最大巾)      2メートル94センチメートル
7.たかさ(最大高)     3メートル94センチメートル
8.くるまのおおきさ(動輪直径) 1メートル52センチメートル
9.はやさ(最高運転速度) 1時間85キロメートル
10.走ったきょり(走行キロ数) 180マン6702キロメートル
         (地球を約45周したことになる)
11.参考:大正元年10月1日に吉松-小林間鉄道開通
      小林(町)駅設置(小林市史第2巻)

緑ヶ丘公園のSL C58 277 小林市細野
hiroの部屋 緑ヶ丘公園のSL C58277 小林市細野

C58 277、この記号は、機関車のなまえで、
Cは動輪軸が3つ、
58は過熱テンダ機関車の番号、
277は、昭和13年以来277番目(383輌のうち)につくられたことをあらわしています。
昭和50年1月に引退しました。
国鉄当局のご好意によりこれを借り受け、市民各位のご協力を得て緑ヶ丘公園に設置保存することになりました。
市民のSL(Steam Locomotive)として親しみ、又子供たちの学習参考資料として大切に長く保存して行きたいとおもいます。
みなさまのご協力をお願い致します。
昭和52年2月 小林市

緑ヶ丘公園のSL C58 277 小林市細野
hiroの部屋 緑ヶ丘公園のSL C58277 小林市細野

ヘッドライトが見当たりません。

緑ヶ丘公園のSL C58 277 小林市細野
hiroの部屋 緑ヶ丘公園のSL C58277 小林市細野

車両に緑色の苔が貼り付いています。

緑ヶ丘公園のSL C58 277 小林市細野
hiroの部屋 緑ヶ丘公園のSL C58277 小林市細野


緑ヶ丘公園のSL C58 277 小林市細野
hiroの部屋 緑ヶ丘公園のSL C58277 小林市細野


緑ヶ丘公園のSL C58 277 小林市細野
hiroの部屋 緑ヶ丘公園のSL C58277 小林市細野

長い間、掃除をしてないようです。
九州内でC58は、志布志線大隅線記念公園にC58 112が保存されていますね。


国鉄C58形蒸気機関車
 日本国有鉄道(国鉄)の前身である鉄道省、運輸通信省、運輸省が導入した蒸気機関車です。
 ローカル線用の客貨兼用過熱式テンダー式蒸気機関車で、8620形の速度と9600形の牽引力を兼ね備えた共通の後継機として設計され、1938年(昭和13年)から1947年(昭和22年)にかけて、431両(国鉄向け427両(樺太庁鉄道向け14両含む)、天塩鉄道・三井芦別鉄道向け各2両)が製造されました。愛称はシゴハチです。
 国鉄の蒸気機関車としては、初めて密閉型の運転室が採用され、床部後方に延長して炭水車に接する部分に扉を設けています。一番動揺の激しい炭水車との接続部が床になったことで、機関助士の労働環境は大きく改善されましたが、温暖な九州では扉を外して使用したものもありました。
 太平洋戦争の戦況悪化により、戦前・戦中の製造は1943年(昭和18年)発注分で中止され、D51形などのような木製デフレクター(除煙板)やカマボコ型のドームを装備したいわゆる戦時型は製造されず、戦後は1946年(昭和21年)から製造が再開されました。
 戦後製造分(C58 383以降)は、ボイラー径の拡大(1,364mm → 1,396mm)、炭水車を6-17型(石炭6t・水17t)から10-20型(石炭10t・水20t)型に拡大、無台枠の船底型に変更、台車の変更(軸ばね形プレート式 → まくらばね形鋳鋼製)とするなどの設計変更が行われています。


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  1. 2020/10/17(土) 13:41:15|
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C56型92号蒸気機関車 出水駅前

昨年の今頃は、出水の越冬ヅルが来ていたなあ~と思い、出水市の越冬場所へ行ったのですが、まだ来ていないとの事でした。残念!
出水駅前にSLが保存されているのを思いだし、出水駅へ。

C56型92号蒸気機関車 出水駅前
hiroの部屋 C56型92号蒸気機関車 出水駅前

この機関車は、昭和12年2月27日、日立製作所笠戸工場でつくられました。
それから、37年という長い間、人々の喜びや悲しみを乗せて走り続け、その距離は173万4,167.4kmに達し、産業や教育文化の発展に大いに尽くしてきました。

C56型92号蒸気機関車 出水駅前
hiroの部屋 C56型92号蒸気機関車 出水駅前

また、昭和47年の第27回国民体育大会(太陽国体)では天皇皇后両陛下の御召列車を引く大役を果たした機関車としても私たちの記憶に残っています。
しかし、鉄道の電化が進み、この機関車も昭和48年には廃車になる運命となりました。

C56型92号蒸気機関車 出水駅前
hiroの部屋 C56型92号蒸気機関車 出水駅前

そこで、鉄道とともに発展してきた出水市では、当時国鉄から借用して、末永く保存するため昭和49年から出水市総合運動公園の一角に展示していました。

C56型92号蒸気機関車 出水駅前
hiroの部屋 C56型92号蒸気機関車 出水駅前

この度、平成18年7月の鹿児島県北部豪雨災害に伴う米ノ津河川改修工事により、ここに移転し公開しています。


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  1. 2012/10/14(日) 15:43:05|
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JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 観光SL会館

吉松駅横に、観光SL会館があります。

暑いですね。
ソフトクリーム食べたいなあ~

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 観光SL会館
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 観光SL会館

近代化産業遺産
物資輸送関連遺産(肥薩線)吉松駅前の保存車両蒸気機関車「C55 52」が展示されてます。

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 観光SL会館「C55 52」
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 観光SL会館「C55 52

綺麗にしていますね。
そばにある資料館の写真と比べると、最初展示されてからとは、カラーリング等が変わっています。

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 観光SL会館「C55 52」
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 観光SL会館「C55 52」

運転席も綺麗にしています。

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 観光SL会館「C55 52」
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 観光SL会館「C55 52」

近代化産業遺産
物資輸送関連遺産(肥薩線)吉松駅横の石倉(燃料庫)です。

JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 石倉(燃料庫)
JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅 石倉(燃料庫)

燃料庫だったんですね。

観光SL会館はここです↓
hiroの部屋 JR九州肥薩線・吉都線 吉松駅


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  1. 2011/08/07(日) 22:10:03|
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