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宮崎の紅葉 長田峡の紅葉 宮崎県三股町長田

地元の新聞に長田峡の紅葉が掲載されていたので撮影に出かけました。
駐車場は満車になっていたので隣の駐車場に駐車です。
新聞に出ていたほどは紅葉していません。

宮崎の紅葉 長田峡の紅葉 宮崎県三股町長田
hiroの部屋 宮崎の紅葉 長田峡の紅葉 宮崎県三股町長田

少し紅葉している所を撮影です。

宮崎の紅葉 長田峡の紅葉 宮崎県三股町長田
hiroの部屋 宮崎の紅葉 長田峡の紅葉 宮崎県三股町長田

見頃はもう少し先の様です。


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  1. 2022/11/24(木) 11:43:11|
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宮崎の紅葉 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町

今日は木曜日。「ななつ星」が走る日です。で、都城方面に出発です。
国道269号線を走り、青井岳荘の紅葉の撮影です。
青井岳荘に来るのは今年5回目?かな?
葉っぱが結構落ちています。

お天気快晴です。
この場所からの撮影は初めてですね。
歩き回って良かった。

宮崎の紅葉 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 宮崎の紅葉 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町

この池にパイプから勢いよく水が出ていますが、少しの間ですが水が止まる時間があります。
水が止まり水面が穏やかになるのを待って撮影です。

堤防沿いを歩きます。

宮崎の紅葉 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 宮崎の紅葉 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


宮崎の紅葉 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 宮崎の紅葉 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


宮崎の紅葉 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 宮崎の紅葉 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


宮崎の紅葉 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
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カメラマンが2人来ていました。


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  1. 2022/11/24(木) 10:43:28|
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青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉が見頃です 都城市山之口町

早い時間に青井岳荘へやって来ました。
すでに駐車場には多くの車が駐車しています。
青井岳にハイキングに行かれるのではと思われグループが準備をしています。
さっきまで降っていた雨が止み、これからお天気良くなると良いですね。

紅葉が見頃になっています。

青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉が見頃です 都城市山之口町
hiroの部屋 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉が見頃です 都城市山之口町

何度か青井岳荘の紅葉を撮影に来ていますが、今までで一番綺麗かも。

青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉が見頃です 都城市山之口町
hiroの部屋 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉が見頃です 都城市山之口町


青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉が見頃です 都城市山之口町
hiroの部屋 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉が見頃です 都城市山之口町


青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉が見頃です 都城市山之口町
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カメラマンが数名来ていました。


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  1. 2022/11/20(日) 14:25:21|
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雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町

雨が降っていますが、青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉を見にやって来ました。
雨が降っていてもカメラマンが数名来ています。

青い葉もまだまだ残っているので、全体の見頃はまだ先の様です。

雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


雨の青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
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  1. 2022/11/12(土) 14:50:00|
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青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町

青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉は見頃になっているでしょうか?
青井岳荘にやって来ました。
第1木曜日は休館日でした。

カメラマンが数人来ています。
一部見頃になっています。

青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町
hiroの部屋 青井岳荘(青井岳温泉)の紅葉 都城市山之口町


全体の見頃はもう少し先ですね。

青井岳紅葉まつり
 期間:11月3日(木・祝)~11月23日(水・祝)


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  1. 2022/11/10(木) 11:00:00|
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飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥

飫肥城旧本丸跡を散策していると、杉の大木の間に紅葉している楓が見えます。

飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥
hiroの部屋 飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥


飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥
hiroの部屋 飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥


飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥
hiroの部屋 飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥


飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥
hiroの部屋 飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥

飫肥城松尾の丸の周りの紅葉は今からの様です。

飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥
hiroの部屋 飫肥城旧本丸跡の紅葉 宮崎県日南市飫肥


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  1. 2021/11/27(土) 13:20:01|
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国の天然記念物 関之尾の甌穴群(おうけつぐん)の紅葉 都城市関之尾町

国の天然記念物 関之尾の甌穴群(おうけつぐん)の紅葉は、見頃を過ぎていました。

国の天然記念物 関之尾の甌穴群(おうけつぐん)の紅葉 都城市関之尾町
hiroの部屋 国の天然記念物 関之尾の甌穴群(おうけつぐん)の紅葉 都城市関之尾町


国の天然記念物 関之尾の甌穴群(おうけつぐん)の紅葉 都城市関之尾町
hiroの部屋 国の天然記念物 関之尾の甌穴群(おうけつぐん)の紅葉 都城市関之尾町


国の天然記念物 関之尾の甌穴群(おうけつぐん)の紅葉 都城市関之尾町
hiroの部屋 国の天然記念物 関之尾の甌穴群(おうけつぐん)の紅葉 都城市関之尾町


国の天然記念物 関之尾の甌穴群(おうけつぐん)の紅葉 都城市関之尾町
hiroの部屋 国の天然記念物 関之尾の甌穴群(おうけつぐん)の紅葉 都城市関之尾町

関之尾の甌穴群
 関之尾滝の上流600m、幅80mに及ぶ川床には数千個の甌穴群(おうけつぐん)があり、世界有数の規模といわれています。
 1928年(昭和3年)2月18日には国の天然記念物に指定されました。
 一般的な甌穴は岩の上部にまばらに穴が開いている(独立状タイプ)ことが多いのですが、関之尾の甌穴は
 ・大きく成長した穴同士が連結した「連鎖状タイプ」、
 ・浅い溝状の「浅い「とい」状タイプ」、
 ・溶結凝灰岩の摂理に添って浸食された「深い溝状タイプ」も多くみられます。



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  1. 2021/11/23(火) 20:52:56|
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矢岳高原展望台 宮崎県えびの市西川北

矢岳高原まで上って来ましたが、美しい紅葉は見られません。

矢岳高原展望台 宮崎県えびの市西川北
hiroの部屋 矢岳高原展望台 宮崎県えびの市西川北


矢岳高原は、矢岳駅に行く途中に通過しただけだったので、展望台に行ってみることに。

見晴らしが良いですね。

矢岳高原展望台 宮崎県えびの市西川北
hiroの部屋 矢岳高原展望台 宮崎県えびの市西川北


矢岳高原展望台 宮崎県えびの市西川北
hiroの部屋 矢岳高原展望台 宮崎県えびの市西川北

矢岳高原に来る道路は、道幅が狭い所があります。
大型トラックも走っています。
注意して走りましょう。


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  1. 2021/11/23(火) 20:45:41|
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白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永

 白鳥神社(しらとりじんじゃ)は、宮崎県えびの市南部の白鳥山中腹にある神社です。

白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永
hiroの部屋 白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永

 959年(天徳3年)、霧島山を訪れていた性空が白鳥山の頂上付近にある六観音御池の畔で法華経を唱えていたところ白髪の老人があらわれ「自分はヤマトタケルであり、白鳥となってこの山に住んでいる」と語ったことにちなみ、白鳥山中腹に白鳥権現社として創建されました。

 修行僧でしょうか、ホラ貝の音が聞こえます。

白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永
hiroの部屋 白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永

 ヤマトタケルが霧島山中にあらわれたのは、かつて熊襲を討った因縁があったためといわれています。

白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永
hiroの部屋 白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永

 性空は白鳥神社の近くに天台宗の寺院を創建しましたが、後に荒廃し神社のみが残されました。
 室町時代初期の1403年(応永10年)、光尊阿闍梨によって真言宗の白鳥山金剛乗院満足寺として再建されました。

白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永
hiroの部屋 白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永


 軍神であるヤマトタケルを祀っていたことから領主の島津義弘は戦に赴く前にここで武運を祈願し、1601年(慶長6年)から1605年(慶長10年)にかけて社殿の新築を行ったり領地を寄進するなどして支援しました。
 また、山麓の飯野郷や丘郷では白鳥を殺すことが禁じられていました。

白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永
hiroの部屋 白鳥神社の紅葉 宮崎県えびの市末永

 1703年(元禄16年)、境内にあったアカマツの巨木が運び出され、東大寺大仏殿の屋根を支える虹梁として使用されています。
 近くに白鳥温泉があり、江戸時代には寺院の僧侶たちが入浴していたといわれています。


東大寺大仏殿 虹梁(梁木)白鳥巨松の由来
 東大寺大仏殿の大屋根八十万6千貫(3020トン)を支えている大虹梁は、元禄十六年(1703)この白鳥神社境内より伐出された二本の赤松です。
 いずれも樹齢は二千年を超えるものです。
 一本目は長さ十三間(約24m)、元口四尺三寸(約1.3m)、末口三尺三寸七分五厘(約1m)、重さ六一八三貫(23.2トン)あり、樵夫(きこり)九十人の手により四日間かかり伐出されました。
 二本目は長さ十三貫(約24m)、元口四尺一寸(約1.2m)、末口三尺七分五厘(約90cm)、重さ五四三五貫(20.4トン )あり、百人の人手が、三日間費やされました。
 代金は一本二千両。
 山出しの際は傷がつかないよう両端には金輪がはめられ、霧島山中から薩摩湾岸の国分新川口に至る二五里(98.2 km)を一日八百六十人の人夫と牛四十頭の号力によって運び出されました。
 到着するまでには百十五日の歳月を要し、その間には命を失うもの、怪我をしたものは数しれなかったらしい。
 国分新川口からは千石船に積み替えられ、鹿児島湾、日向細島港さらに豊予海峡の急灘を乗り越え瀬戸内海に入り、兵庫港に着き、大阪伝法川口を経て、また淀川をのぼり、木津川から奈良坂を越えて、ようやく無事に大仏殿に到着しました。
 延々八百五十里(3,338 km)に及ぶ大運搬でした。
 宝禄六年(1709)東大寺大仏殿の落成供経も盛大に行われましたが、白鳥巨松は、後の大改修を経ながらも大虹梁として今なお東大寺際仏殿を支え続けています。


東大寺大仏殿虹梁
 東大寺の大仏殿の屋根を支える2本の虹梁(こうりょう)は、それぞれ長さ23.5mのアカマツが使われており、1704年(宝永元年)、日向国の白鳥神社から大和国の東大寺まで延べ10数万人が参加し9ヶ月をかけて運搬されました。

経緯
 東大寺大仏殿の虹梁は、柱の間隔7.7m(2丈5尺4寸)の3倍すなわち23.1mの長さを持ち、3020トンの屋根を支える必要があることから、長さ23.6m(13間)、直径1m(3尺)で強度があり耐久性の高いアカマツが求められました。公慶は様々な手を尽くしてこの条件に見合うアカマツの大木を探していましたが見つからない状態が続いていました。
 1702年(元禄15年)になって日向国小林(小林市)に住む園田清右衛門が霧島山山腹の白鳥神社境内に2本のアカマツの大木があることを見いだし、薩摩藩と奈良奉行を通して公慶に報告しました。公慶は早速現地に検分に訪れました。大木は高さ54m(18丈)あり、曲がりも虫食いもない良材であることが確認され虹梁として採用されることになりました。

掘り倒し
 切り倒すと裂ける恐れがあることから、根の周囲を掘って倒す方法が採られることになりました。
 1703年(元禄16年)9月19日にまず1本目の掘削が始められました。90人が作業にあたり9月22日に掘り倒されました。
 9月23日から2本目の掘削が始められ、こちらも100人がかりで9月25日に掘り倒されました。
 倒された大木からそれぞれ虹梁材が切り出され、衝撃で裂けないよう両端に金属の輪がはめられました。
 1本目は長さ23.6m(13間)、元口1.3m(4尺3寸)、末口1.0m(3尺3寸7分5厘)、重量23.2トン(6183貫)、
 2本目は長さ23.6m(13間)、元口1.2m(4尺1寸)、末口1.1m(3尺7寸5分)、重量20.4トン(5435貫)でした。

運搬
 白鳥神社から海岸までは起伏のある道を66km(16里半)運搬する必要がありました。
 運搬には丸太を樋の形に組んだスラと呼ばれる誘導路や、木馬(きんま)と呼ばれるソリが使われたと考えられています。
 2本の虹梁材は1704年(宝永元年)1月7日に白鳥神社を出発し、尾八重野(えびの市)、加久藤(えびの市)、吉松(湧水町)、牛の瀬戸(湧水町栗野)、横川(霧島市)、鳥越(霧島市隼人)を経て新川口(天降川河口)まで運ばれました。
 途中様々な場所で迂回する必要があり、結局90km(23里)の行程となりました。
 薩摩藩の山奉行が指揮を執り、延べ10万人が参加し牛4000頭を使って115日をかけ5月4日にようやく新川口に到着しました。

 2本の虹梁材は新川口に隣接する浜之市(隼人港)で筏に組まれ、鹿児島湾を6艘の船に引かれ3日間をかけて鹿児島津(鹿児島港)に到着しました。
 鹿児島から畿内までの航路には波の荒い日向灘や玄界灘が控えており、筏のままでは強度が不足するため船に乗せる必要がありました。しかしながら当時はこのような大木を船に乗せる技術がなく、商人たちは輸送を躊躇する状況でした。
 このような中、志布志の商人山下弥五郎が観音様のお告げを受けたとして、米を運ぶのと同じ運賃で畿内までの輸送を買って出ることになりました。
 弥五郎は2本の大木を船に乗せるために船を沈める方法を用いました。
 6月11日に船底の栓を抜いて船を沈め、翌12日の満潮時に2本の虹梁材を船の上に配置しました。
 干潮になるのを待って船底の栓を戻し、船の中から水をくみ出すことで虹梁材の積載に成功しました。
 この方法は弥五郎の娘が夢で観音様から教えられたとされています。

 2本の虹梁材と24名の乗組員を乗せた観音丸は6月20日に鹿児島津を発ち、翌21日、山川港に立ち寄りました。
 南風を待って7月5日深夜に出港し、7月12日、兵庫津(神戸港)に到着しました。
 虹梁材を船から降ろす際にも船を沈める方法が用いられています。
 兵庫津から4艘の船に引かれて7月16日に大阪の伝法川河口に到着しました。
 大阪からは船で虹梁材を挟み、淀川と木津川をさかのぼりました。
 延べ4625人が川岸から綱で船を引く作業に参加し、8月10日、木津(木津川市)に到着しました。

 8月19日、木津でそれぞれ2基の台車に乗せられ、東大寺までは市坂(木津川市)と奈良阪(奈良市)を越える陸路を人手によって運搬されました。
 虹梁材を引く作業には延べ1万7千人が参加し、周辺には数万の見物人が集まりました。
 運搬の様子は「大仏殿虹梁木曳図」(明誉古磵筆、東大寺蔵)に描かれています。
 1本目は9月2日、2本目は9月5日に東大寺に搬入されました。

その後
 大仏殿への取り付けは1705年(宝永2年)3月13日と3月18日に行われ、4月10日に上棟式が執り行われました。
 大仏殿は1709年(宝永6年)に完成し3月21日に落慶供養が行われましたが、公慶は1705年(宝永2年)に亡くなっており完成を見ることはありませんでした。
 1905年(明治38年)から1911年(明治44年)にかけての修繕作業において虹梁が約50cm曲がっていることがわかり鉄骨で補強されています。
 1979年(昭和54年)、九州自動車道の工事に際して行われた宮崎県えびの市の前畑遺跡の調査において、16世紀の陶磁器片とともに大木を引いた経路と見られる遺構が発見されました。
 遺構は幅1.8-2.0mで長さは発掘範囲全体の50mにわたって東西に延びており、発掘範囲の両側へ続いていると考えられています。
 深さ10-20cmで幅20-40cmの窪みが20-30cmの間隔で繰り返される枕木の跡のような形状を呈しています。
 当初は利用目的がわかりませんでしたが、同時期に鹿児島県栗野町(湧水町)の山崎遺跡でも同様の遺構が見つかっていて、いずれも確証はありませんが虹梁材の運搬に用いられたものと考えられています。



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夕暮れの青井岳荘の紅葉 都城市山之口町青井岳

今日は、日之影で紅葉の撮影でした。
撮影の後、「道の駅 青雲橋」で買い物し、国道218号線(神話街道)・北方延岡道路(九州中央自動車道)・延岡道路・東九州自動車道・宮崎自動車道を走り、田野ICから国道269号線を走り青井岳荘へやって来ました。

夕暮れの青井岳荘の紅葉 都城市山之口町青井岳
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夕暮れの青井岳荘の紅葉 都城市山之口町青井岳
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ライトアップされた紅葉を撮影しようと日之影から高速等を走って来たのですが、真っ暗になった5時50分過ぎまで待ちましたが、ライトアップされませんでした。6時まで待てば良かったのか・・・
11月15日(月)のテレビ宮崎(UMK)のニュースでは、「11月いっぱいまで見頃 日没後にはライトアップされる」と放送されていたのですが・・・
残念でした。
これで、今年の紅葉の撮影は終了かな?


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  1. 2021/11/20(土) 17:50:51|
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